Tamiya 35075-C [九七式中戦車の日本陸軍戦車兵]

Tamiya 35075-Cは素直な立ちポオズなので、改造の基礎としても重宝するありがたい存在なのです。

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Tamiya 35075-Cを用いて、日中戦争期の日本兵を製作する過程。
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↑Tamiya 35075-Cのゲートルを巻いた脚と、35086の開脚座りの下半身のパーツを関節をの角度を変えつつ繋げる。
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↑Tamiya 35075-Cの上半身のモールドを削り取ったものに各種フィギュアパーツを繋げて、仮に大まかに形出す。
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↑昭五式軍衣の詰襟をエポキシパテで造形。雑嚢も作る。
水筒パーツは35075-Cのものを用いる。私見では35090の水筒よりも形が冴えている。
雑嚢と水筒の紐は板鉛で作る。
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↑水筒のふたに繋がっている紐をマスキングテープ細切りで作る。
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↑水筒を肩から提げている紐のベルトの下からの部分をマスキングテープ細切りで作る。
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↑ベルトの下からのマスキングテープの紐のラインを、ベルト上からの板鉛の紐のラインに繋げる。
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↑帽垂れはエポキシパテを薄く延ばしたもので作ることが出来る。
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↑エポキシパテが硬化する前に形を決める。
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↑靴の紐は伸ばしランナーで作り直す。
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↑伸ばしランナーでバックルを作る。
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↑細いプラ棒をスライスしたもので靴の裏に鋲を打つ。


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↑鉄帽は裏をリューターでくり抜いてからヘッドにかぶせる。
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↑エポキシパテとプラスチックのパーツ片から雑嚢と衛生用具嚢を作る。
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↑リューターとやすりで紐の通る路を彫り窪ませて、エポキシパテを適量埋める。
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↑板鉛で紐を作る。
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↑35075-Cの水筒を雑嚢にフィットさせる。
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↑座る兵士の水筒とは、ふたの紐の位置を変えて作ってみる。
こちらは中央から延びる紐がふたに繋がったタイプにする。マスキングテープ細切りで作る。
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↑肩からかける紐のベルトから下の部分をマスキングテープ細切りで作る。
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↑紐のラインを繋げる。
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↑銃剣のディテールを作り直す。
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↑伸ばしランナーで靴紐を作り直す。
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↑胸ポケットをエポキシパテで造形。伸ばしランナーでバックルを作る。
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↑エポキシパテで衛生兵袖章を作る。マスキングテープ二枚重ね細切りで鉄帽から下る顎紐を作る。
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↑エポキシパテで顎紐の蝶結びの輪を造形。
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↑エポキシパテで顎紐の蝶結びの線を造形。
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↑紐を整える。
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↑エポキシパテで鉄帽の下にかぶった戦闘帽のひさしを作る。
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↑サーフェイサーを吹く。

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↑日本兵の写真資料として、毎日新聞社 『一億人の昭和史・日本の戦史』シリーズは必携。



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Tamiya 35075-C, Imperial Japanese Army Tank Crew

Tamiya社のMM史において、最多リリース数を記録した年が1975年である事は、周知の事であろう。
その年間28リリースの大トリとして12月に発売されたのが、35075の九七式中戦車であった*。
無論、付属した日本軍戦車兵は日本人フィギュアとしてMM史上初であった事は敢えて指摘するまでもないし、
この頭部は、Tamiya社フィギュア史上、最高の凛々しさを湛えた逸品であることも今再び確認する必要も無いであろう。

1965年生まれのウラソフ氏は、
「前半勝ち戦の頃の勢いづいた表情の仕上がりで、MMの中の貴重な存在である事とも相まって、重宝がられたフィギュアであった」**
と評し、
1966年生まれのモリナガ・ヨウ氏によって、
「すっごく怖い顔」***と評されたこの戦車兵は、
1/35インジェクションで作業衣スタイル、かつ戦車のハッチから身体を出したポオズが与えられているフィギュアとして、
2011年の現在においても唯一の存在であって、未だに過去のモノになってはおらず、
第一線現役であると自信を持って言明出来る70年代インジェクションフィギュアとして、ほぼ唯一と言ってよい稀有な存在である。

本記事では36年目のTamiya 35075を、やや多めの写真で、敢えて今、眺めておきたい。

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(註)
*模型店店員の7割は、1975年発売のイメージから35075の品番を記憶しているものだと私は推測している。

**『パンツァーグラフ!』12号(2008年春号)モデルアート,P.28

***『35分の1スケールの迷宮物語』 大日本絵画,2003,P.25
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↑ウラソフ氏は「重宝がられたフィギュアであった」と重宝したのが過去の事象であるとも読み得る書き方をしているものの、
その読み方は誤読に他ならず、彼はやはり、明らかに現在でも重宝するフィギュアであると思う。

写真のそれはゼロ年代半ばに、Tamiya 35075-CをHornetizeしつつ、昭五式軍衣スタイルの中国戦線における日本陸軍衛生兵を作ってみたものである。

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Tamiya 35075-Cは、戦車帽、作業衣袴に帯革、ゲートルに南部十四年式拳銃ホルスターのコーデ。
中西立太先生の『日本の軍装』(大日本絵画)で描かれている戦車兵は、普通の帯革=ベルトの上から拳銃弾薬盒帯革=ピストルベルトを締め、
拳銃弾薬ポーチやゴーグルポーチの背面ループにピストルベルトを通して固定し、
併せて南部十四年式ホルスターの背面ループを通して固定しているスタイルなのですけれども、
Tamiya 35075-C及び35095-Cの作業衣袴スタイルの日本兵は全て、
普通の帯革一本を締め、南部十四年式ホルスターの背面ループをその帯革に通しているスタイルでまとめられています。

それとは対照的に、Fine Molds社の日本陸軍戦車兵は全てピストルベルトを着用しており、
各々の拳銃ホルスターに拳銃弾薬ポーチ、ゴーグルポーチの背面ループをピストルベルトに通した、
『日本の軍装』的スタイルでまとめられています。

(1)Tamiya 35075-Cをストレートに組んだもの

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(2)ヘッドを眺める

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(3)Fine Moldsヘッドの差し替え可能性
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(4)パーツ状態

総じて70年代のキットの部品はカスタマーパーツとして購入した時にも安価である。
これを私はカスタマーパーツプライス設定の経路依存性(Path Dependency of CPP)と呼ぶ。
Tamiya 35075-Cは、一枚340円(税別)である。
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↑Tamiya 35075-Cのメインとなる部品は57mm砲塔である。
キューポラハッチ裏側のディテールは省略されており、意識の高いモデラーは作り直すべき部分。

チハのキューポラハッチ裏側の写真資料で、私的におススメなのは以下の写真。
パノラマメガネ・ハッチ裏側は『文化映画』 昭和18年7月号 P.31
三日月ハッチ裏側は『別冊一億人の昭和史 日本の戦史別巻7 陸軍少年兵』(毎日新聞社, 1981)P.111

『文化映画』の写真は、戦時下の映画史を調べている際に見つけ、衝撃を受けた。
『陸軍少年兵』は、日本軍モデラーがまさか持っていないはずがない一億人の昭和史シリーズの一冊であるが、
菊池俊吉氏の写真でおなじみの昭和18年、少国民総決起大会の戦車の私的には初見の写真が多数収録されており、
少国民総決起大会参加車輛研究の際に必読であると思う。

また、グランドパワー2009年8月号(No.183) 特集「太平洋戦争の日本軍戦車写真集」は必携。
P.53のチハのハッチ裏側の写真は必見。

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※余録 九七式中戦車防盾部のボルト表現

Tamiya 1/35 九七式中戦車砲塔の、前方上部のリベット/ボルトは省略されていて、
追加工作したい部分ですが、写真を見ると、沈んだ物と沈んでないものがあるように思われます。

この部分とリベット/ボルト位置が鮮明に見える写真としては、
昭和18年銀座、九五式軽戦車や九七式中戦車を撮影した、
菊池俊吉氏の「小国民総決起大会の日」シリーズの中の一枚がありますが、
写真に収められた九七式中戦車の砲塔の前方上部のリベット/ボルトは一般的仕様らしい沈んだタイプ。

掘り窪まれてなく、沈んだ位置でなく、そのままリベット/ボルトがつけられたもののように見えるのは、
キューポラ・ハッチ裏のディテールが見える点でも重要な一葉、
昭和19年サイパン、「菊水に若桜」号。

今回はささやかな工作で、沈んだ方を表現。
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↑カルコで等間隔にポンチング。
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↑1.1mmドリルで貫通させないように窪ませて、そこに適当なキットから削ぎ取ったリベットを接着。
写真を改めて見ると、もっと後方寄りの方が正確、もしくはこの部分の縦方向への長さが長すぎにも見えて、端を切削するとベストだと思われます。
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↑戦時中のインドネシアの映画について調べておりますと、
そこから横にそれて、イラストレイテッド・ロンドン・ニュースの写真などに見られる、戦後インドネシアの日本軍戦車が気になります。
by tokyomonogatari | 2012-03-16 02:14 | Japan | Comments(0)
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