カテゴリ:ドイツ軍史料メモ( 78 )

第二次大戦期ドイツ兵の基本ノート(書き途中)

第二次大戦期ドイツ陸軍の階級

元帥 Feldmarschall
上級大将 Generaloberst
歩兵大将 General der Infanterie
中将 Gneralleutnant
少将 Generalmajor
大佐 Oberst
中佐 Oberstleutnant
少佐 Major
大尉 Hauptmann
中尉 Oberleutnant
少尉 Leutnant
本部付曹長 Stabsfeldwebel
先任曹長 Hauptfeldwebel
上級曹長 Oberfeldwebel
曹長 Feldwebel
本部付伍長 Stabsgefreiter
上級伍長 Obergefreiter
伍長 Gefreiter
上級狙撃兵 Oberschutze
狙撃兵 Schutze

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第二次大戦期SSの階級

SS上級大将 SS-Oberstgruppenfuhrer
SS大将 SS-Obergruppenfuhrer
SS中将 SS-Gruppenfuhrer
SS少将 SS-Brigandefuhrer
SS准将 SS-Oberfuhrer
SS大佐 SS-Oberstandartenbannfuhrer
SS中佐 SS-Oberstrmbannfuhrer
SS少佐 SS-Sturmbannfuhrer
SS大尉 SS-Hauptsturmfuhrer
SS中尉 SS-Obersturmfuhrer
SS少尉 SS-Understurmfuhrer
SS特務曹長 SS-Sturmscharfuhrer
SS上級曹長 SS-Hauptscharfuhrer
SS曹長 SS-Oberscharfuhrer
SS下級曹長 SS-Scharfuhrer
SS軍曹 SS-Unterscharfuhrer
SS伍長 SS-Rottenfuhrer
SS上等兵 SS-Sturmman
SS一等兵 SS-Oberschutze
SS二等兵 SS-Schutze

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第二次大戦期ドイツ国防軍の兵科色 Waffengatungsfarbe=Waffenfarben

将官
→兵科色 兵科に関わらずカーマインレッド=ブライトレッド=明るい赤=ホッホロート=Hochrot
専門将校
→兵科色 ブルーグレー
行政官
→兵科色ダークグリーン

歩兵 Infanterie 
→兵科色ホワイト=ヴァイス=Weiss
砲兵 Artillerie
→兵科色ブライトレッド=明るい赤=ホッホロート=Hochrot
突撃砲兵 Sturmartillerie
→兵科色ブライトレット=明るい赤=ホッホロート=Hochrot
高射砲兵 Heers-Flak
→兵科色 ブライトレット=明るい赤=ホッホロート=Hochrot
騎兵 Kavallerie
→兵科色ゴールデンイエロー=ゴールドゲルブ=Goldgelb
猟兵、山岳猟兵、スキー猟兵 Jager, Gebirgsjager, Skijager
→兵科色 ライトグリーン=ヘルグリューン=Hellgrun
戦車兵、対戦車部隊兵士、装甲列車部隊兵士、装甲捜索部隊兵士
→兵科色 ピンク=ローズピンク=ローザ=Rosa**
装甲擲弾兵 Panzergrenadiere
→兵科色 グラスグリーン=アップルグリーン=黄緑=ヴィーゼングリューン=Wiesengrun
装甲工兵 Panzerpioniere
→兵科色 黒または黒と白 シュヴァルツヴァイスまたはシュヴァルツ=Schwarz-Wewiss oder Scharz
黒服の場合は黒と白の撚り紐、フィールドグレー等の野戦服の場合は黒
工兵 Pioniere
兵科色 黒=シュヴァルツ=Schuwarz
ロケット部隊 Nebel Truppe
→兵科色 紫=ボルドー=Bordo
憲兵 Feldgendarmerie
→兵科色 赤みがかったオレンジ=オレンジロート=Orangerot
宣伝部隊 Propagandatruppe
→兵科色 グレー=ヘルグラウ=Hellgrau
医療部隊 Sanitatstruppe
→兵科色 薄紫=コーンフラワーブルー=コーンブルーメンブラウ=Kornblumenblau
軍楽隊 Militarmusiker
→兵科色 それぞれの楽士が所属する部隊の兵科色に従う****
従軍司祭 Heeresgeistliche
→兵科色 紫=ヴァイオレット=Violett

参謀将校、獣医
→兵科色 カーマインレッド=深赤色
騎兵、索敵部隊(乗馬)
→兵科色 ゴールデンイエロー
索敵部隊(機械化)
→兵科色 カッパーブラウン=コパーブラウン=茶色*
通信部隊
→兵科色 レモンイエロー
工兵、技術将校
→兵科色 ブラック
オートバイ部隊
→兵科色 青緑***
衛生兵、医療、補給部隊
→兵科色 コーンフラワーブルー=青紫
輸送部隊
→兵科色 ライトブルー
軍法官
→兵科色 空色

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(註)
*マイケル・H・ブルット&ロバート・J・エドワーズ 『パンツァー・ユニフォーム』(大日本絵画 1995) P.140では、
「偵察大隊(自動車化)や、後の機甲偵察大隊が使用した兵科色」は、「最も謎が多く、最も複雑な分野のひとつ」としており、
コパーブラウンは、「部隊全体を見渡してみても、これを使用した大隊は極めて少なかった」(P.141)としている。
**装甲部隊兵員の兵科色がピンクでない事例、及び装甲部隊とその周辺の兵員の兵科色の詳細については、
マイケル・H・ブルット&ロバート・J・エドワーズ(1995)の、
P.85-87, P.107-109, P.117-118, P.133-135, P.157-161, 177-179を参照。
***「青緑」はTamiya 35010のインストラクションの記述に拠る。
オートバイ狙撃兵隊(Kradsschutzen)の兵科色については、マイケル・H・ブルット&ロバート・J・エドワーズ (1995) P.133-135を参照。
****Sigurd Henner & Wolfgang Bohler P.97
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第二次大戦期のドイツ軍のヘルメット

第三帝国期に製造されたスチールヘルメットの総数はおよそ2500万個である*。
重量は810-1130グラム、五社で製造され、ヘルメット内側にその刻印がある**。

M35ヘルメット
1935年6月25日に採用、同月に生産が始まる***。
フチが丸められている(Rolled Edge)であるのがM42ヘルメットと分かつ最大の要素である。
初期はクロームモリブデン製。塗装色はツヤのあるアップルグリーンであった****。
1940年1月27日に塗装色はツヤ消しのフィールドグレーとなった*****。
1940年3月26日にはマンガン・シリコン鋼に変更され、通気孔が簡略化され一体となる******。
→これをM40ヘルメットと分類する場合もある。塗装色はブラックグリーンに変更された*******。

M35/40ヘルメット
M35とM42ヘルメットを分かつ最大の要素は、
フチが丸められている(Rolled Edge)か、丸められていない(Sharp Edge)かである。
M35ヘルメットを更に、M35ヘルメットとM40ヘルメットと分類する場合があり、
M40ヘルメットの特徴を有するヘルメットは、M40ヘルメット、またはM35/40と表記される。
フチが丸められていて、ツヤのあるアップルグリーンの塗装であり、表面が平滑で、金具がアルミニウム製のものを、M35ヘルメットと分類し、
フチが丸められていて、ツヤのないブラックグリーン=スチールグレーの塗装であり、表面に粗さがあり、金具が鉄製のものをM40ヘルメットまたはM35/40ヘルメットと分類する場合がある。

M42ヘルメット
1942年8月1日、ヘルメットのふちを内側に曲げて丸める加工が廃止となる********。
フチが丸められていないことをSharp Edgeと表現される。

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(註)
*Don Tylisz, "Normandy 44, German helmets" (Histoire & Collections 2011), P.4
**Tylisz (2011), P.4
***菊月 P.28
****菊月 P.28及び照井 P.63及びSteiner Vol.117 P.57
*****Steiner Vol.117 P.57
******菊月 P.28及び照井 P.63及びSteiner Vol.117 P.57
*******Steiner Vol.117 P.57
「大戦初期にはアップルグリーンで、バルバロッサ作戦の頃からフィールドグレー、1942年以降はブラックグリーンと塗りわけると、フィギュアの説得力がます」と記述あり。
Tylisz (2011), P.4及びP.5には、第二次大戦前からの製造品はアップルグリーンで表面が滑らかな仕上がりであり、1940年3月にスチールグレーの表面が粗い仕上げに変更されたとある。
********ロビン・ラムズデン 『ナチス親衛隊軍装ハンドブック』(原書房 1997) P.129
ただし、菊月 P.28では、1942年7月6日に廃止とし、
Steiner Vol.117 P.57では、1942年4月20日がM42ヘルメットの採用日付としている。
なお、菊月 P.28によれば、M35ヘルメットのふちの折り返しは幅5mmである。
グランドパワー別冊(2006) P.21では、M35ヘルメットを1944年1月まで製造していたメーカーもあり、1944-45年でもM35ヘルメットを着用していた兵士は少なくなかった、としている。
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第二次大戦期ドイツ軍のヘルメットワッペン

国防軍
1934年4月5日に盾形のヘルメットワッペンを導入。
ヘルメットワッペンが左側頭部に国防軍型のナチス紋章=鷲章、右側頭部に国家三色章となる*。
1940年3月21日、ヘルメット右側頭部につく国家色章が廃止される**。
1943年8月26日、ヘルメット左側頭部につく鷲章が廃止される***。

国防軍のヘルメットワッペンの改廃の日付は、註釈で示しているように著者によって異なる。
まとめると、第二次大戦前から1940年3月までは左側頭部の国家鷲章と、右側頭部の国家三色章が併存し、
同月に右側頭部の国家三色章が廃止されてから、1943年8月までは左側頭部の国家鷲章のみの時代となり、
同月の左側頭部の国家鷲章の廃止以降、ヘルメットワッペンは付けられなくなった。

Pre War - March 1940 = Double Decal Period
March 1940 - August 1943 = Single Decal Period
After August 1943 =No Decal Period

武装親衛隊
1935年8月12日、ハンス・ハース教授デザインの新統一規格ヘルメットワッペンの導入****。
ヘルメットワッペンが左側頭部にSS章、右側頭部にハーケンクロイツ章となる*****。
1940年3月21日、ヘルメット右側頭部につくハーケンクロイツのワッペンを取り外すよう命令が出る******。
1943年11月1日、ヘルメット左側頭部につくSS章のワッペンが廃止となる*******。

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(註)
*菊月 P.28
ただし、Tylisz (2011) P.5では、1935年6月25日を国家三色章の導入日付としている。
**菊月 P.28及びTylisz (2011) P.4, P.5
***菊月 P.28及び照井 P.63はヘルメットデカールの廃止日を1943年8月26日と記述している。
ただし、Steiner Vol.117 P.57及びTylisz (2011) P.4は1943年8月28日としている。

****ロビン・ラムズデン 『ナチス親衛隊軍装ハンドブック』(原書房 1997) P.123
*****ただし、照井 P.63には、右側頭部にSS章が付けられているタイプも義勇部隊には多く見られるとある。
******ラムズデン(1997) P.127
*******ラムズデン(1997) P.129
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38年型略帽

1938年12月6日付けの陸軍規定で制定

略帽の山型兵科章について

ドイツ陸軍は1942年7月に廃止
ただしその後も、例えば1943年のクルスク戦でかぶられている略帽のほとんどに山型章が付けられている。

SSは1942年9月1日に廃止

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43年型規格帽

ドイツ陸軍は1943年6月11日付けの陸軍規定で制定

SSは1943年10月1日付けの武装SS規定で制定
by tokyomonogatari | 2012-03-25 23:11 | ドイツ軍史料メモ | Comments(0)

第二次大戦期ドイツ軍戦車兵の基本ノート(書き途中)

(1)帽子類

パンツァーベレー
1934年に採用。1941年1月に廃止*。
廃止後、在庫品は防寒帽に仕立て直された**。
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(註)
*Steiner 「AFVモデラーのための軍装資料室 第2回「戦車搭乗員の制服2」『アーマーモデリング』 Vol.101 P.57
**カンプ・グルッペ・ジーペン監修『WWⅡドイツ軍兵器集』(ワールドフォトプレス, 1980)P.5
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戦車搭乗員用の略帽

(1-2-1)黒色の34年型、38年型略帽
1940年3月27日に採用。本格的に登場するのはバルバロッサ作戦から*。
ただし1938年頃から既に黒色の略帽をオーダーメイドして着用していた将校もいた**。

初期には兵科色のピンクの山型章が付けられていたが、1942年7月10日に山型章は廃止される***。

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(註)
*Steiner Vol.101 P.57
P.56「西方戦役までに十分な数の供給が間に合わなかったため、多くの戦車兵たちは、黒の戦車搭乗服にフィールドグレーの略帽を被って」いた。
ドイツ陸軍戦車兵のフィールドグレー略帽の着用について、
カンプ・グルッペ・ジーペン監修『WWⅡドイツ軍兵器集』(ワールドフォトプレス, 1980)P.6の記述によれば、
黒の略帽が戦車兵に支給されてもなおフィールドグレーの略帽の使用が続いたため、
1944年夏には再度禁止命令が出たとのことである。
**Steiner Vol.101 P.57
***Steiner Vol.101 P.56
1942年7月に山型の兵科章は廃止されたとはいえ、その後も例えば1943年のクルスク戦の写真を見ると、
山型の兵科章の付いた略帽の着用事例が多数見受けられる。
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黒色の42年型略帽
1942年7月21日に導入*。前袷にボタンがふたつ付いている。

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(註)
*Steiner Vol.101 P.57
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43年型規格帽=43年型野戦棒=M43フィールドキャップ
1943年6月11日*に制式化。

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(註)
Wade Krawczyk 'Army Panzer Uniforms in Colour Photographs' (The Crowood Press 1999) P.12
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(2)戦車搭乗服=パンツァーヤッケ=パンツァージャケット

戦車兵用特殊野戦服第1号=陸軍戦車搭乗服1号
直径25mmのベークライト、または動物の角製の黒ボタン4個で前合わせを留める*。
折れた襟は装飾であって、ボタンで襟元まで締めることは出来ない。
戦車搭乗服第2号が登場した後にも数年間に渡って生産され続け、戦前のみならず戦時中にも戦車兵用特殊野戦服第1号は着用された**。
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(註)
*『パンツァーユニフォーム』(大日本絵画, 1995) P.1
Steiner 「AFVモデラーのための軍装資料室 第1回「戦車搭乗員の制服1」『アーマーモデリング』 Vol.100 P.53

**『パンツァーユニフォーム』(大日本絵画, 1995) P.2
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戦車搭乗服第2号=陸軍戦車搭乗服2号
1936年に採用。直径13mmのベークライトまたは角製の小型ボタンが右側胸部から肩にかけて3個追加,
下襟を閉じて着用出来るように改良されている。
襟を閉じた際に襟章が垂直に見えるように、襟章は襟のフチの線に対して平行ではなく斜めに付けられることが多かった。*

1939年に戦車兵の兵科色=ローズピンクのパイピング(縁取り)が廃止。
陸軍戦車搭乗服2号後期型の生産が始まる。当時の写真では1941年の対ソ戦のころから見られる**
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(註)
*『パンツァーユニフォーム』(大日本絵画, 1995) P.2

**Steiner Vol.100 P.53
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戦車兵用特殊野戦服第一号と戦車搭乗服第2号のデザインを併せ持つ戦車服の事例や、その他特殊な事例
→『パンツァーユニフォーム』(大日本絵画, 1995) P.2-3を参照。

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突撃砲兵のパンツァーヤッケの襟章について
1943年1月に「突撃砲兵によるドクロ付き襟章の着用禁止」が通達される。
ただし、この通達はあまり守られなかったらしい*。

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(註)
*富岡吉勝(監修)『ドイツ軍用車両戦場写真集』P.8
おそらく、ここで言われている「突撃砲兵」は、砲兵隊の中の突撃砲搭乗員及び突撃砲兵隊の突撃砲搭乗員のことであり、
尾藤満・北村裕司『アハトゥンク・パンツァー第5集 Ⅲ号突撃砲・Ⅳ号突撃砲・33式突撃歩兵砲編』(大日本絵画, 1995)P.1では、
(フィールド)「グレーの戦車服に「ドクロ」の襟章の組み合わせは、戦車駆逐部隊の装甲車両の搭乗員の一般的な服装である」とされている。
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黒ではなくフィールドグレーのパンツァーヤッケを着用する場合について

1940年5月、突撃砲の搭乗員はフィールドグレーのパンツァーヤッケを着用することが決まる。
制定当初は襟は濃緑であったが、間もなくフィールドグレーに変更。
形状は黒のパンツァーヤッケと同じであるが、襟の兵科色パイピングが支給当初から付けられていなかった点が異なる。
1943年頃にウールに対するレーヨンの混合比率が増えて、茶色味を帯びるようになった。
1943年1月には砲兵隊の突撃砲搭乗員及び突撃砲隊の突撃砲搭乗員が襟のドクロ章を用いることが禁止され、彼らの襟章はリッツェンを用いること、とされた。
1943年3月には歩兵及び装甲擲弾兵連隊の自走砲部隊の兵士にもグレーのパンツァーヤッケが支給されるようになり、
歩兵部隊の場合は兵科色の白、装甲擲弾兵部隊の場合は兵科色のグラスグリーン=アップルグリーン=黄緑色がリッツェンに用いられた。

1944年5月にはエレファントが配備されている軍及び軍団の自走対戦車砲部隊を含む全ての自走対戦車砲部隊の兵と、
機甲部隊、装甲擲弾兵部隊に属する自走対戦車部隊の兵は黒いパンツァーヤッケを着用し、
歩兵師団、軽歩兵(ライフル銃隊)師団、山岳兵師団及びエレファントを用いない軍や軍団の中のそれ以外の自走対戦車砲部隊はフィールドグレーのパンツァーヤッケを着用することとなった。*

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(註)
*カンプ・グルッペ・ジーペン監修『WWⅡドイツ軍兵器集』(ワールドフォトプレス, 1980)P.7

フィールドグレーのパンツァージャケットはパイピングを施さないのが公式仕様であるが、
『パンツァーユニフォーム』(大日本絵画, 1995) P.4では、
注文仕立てや仕立て直されたものは、「そうではない例も見られた」、としている。
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無線機用ヘッドホン
当時の鮮明な写真として、富岡吉勝(監修)『ドイツ軍用車両戦場写真集』P.58, 59, 62, 63, 63, 65
ヘッドフォンの単体解説記事として、Armour Modelling誌でのSteiner氏の連載「AFVモデラーのためのドイツ軍装資料室」第8回(Vol.107)「戦車搭乗員の制服8」

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by tokyomonogatari | 2012-03-25 19:53 | ドイツ軍史料メモ | Comments(0)

ドイツ軍装備品史ノート2(書き途中)

(1)第二次大戦期ドイツ国防軍の兵科色 Waffengatungsfarbe=Waffenfarben

将官
→兵科に関わらずカーマインレッド=ブライトレッド=明るい赤=ホッホロート=Hochrot
専門将校
→ブルーグレー
行政官
→ダークグリーン
歩兵 Infanterie 
→兵科色ホワイト=ヴァイス=Weiss
砲兵 Artillerie
→兵科色ブライトレッド=明るい赤=ホッホロート=Hochrot
突撃砲兵 Sturmartillerie
→兵科色ブライトレット=明るい赤=ホッホロート=Hochrot
高射砲兵 Heers-Flak
→兵科色 ブライトレット=明るい赤=ホッホロート=Hochrot
騎兵 Kavallerie
→兵科色ゴールデンイエロー=ゴールドゲルブ=Goldgelb
猟兵、山岳猟兵、スキー猟兵 Jager, Gebirgsjager, Skijager
→兵科色 ライトグリーン=ヘルグリューン=Hellgrun
戦車兵、対戦車部隊兵士、装甲列車部隊兵士、装甲捜索部隊兵士
→兵科色 ピンク=ローズピンク=ローザ=Rosa**
装甲擲弾兵 Panzergrenadiere
→兵科色 グラスグリーン=アップルグリーン=黄緑=ヴィーゼングリューン=Wiesengrun
装甲工兵 Panzerpioniere
→兵科色 黒または黒と白 シュヴァルツヴァイスまたはシュヴァルツ=Schwarz-Wewiss oder Scharz
黒服の場合は黒と白の撚り紐、フィールドグレー等の野戦服の場合は黒
工兵 Pioniere
兵科色 黒=シュヴァルツ=Schuwarz
ロケット部隊 Nebel Truppe
→兵科色 紫=ボルドー=Bordo
憲兵 Feldgendarmerie
→兵科色 赤みがかったオレンジ=オレンジロート=Orangerot
宣伝部隊 Propagandatruppe
→兵科色 グレー=ヘルグラウ=Hellgrau
医療部隊 Sanitatstruppe
→兵科色 薄紫=コーンフラワーブルー=コーンブルーメンブラウ=Kornblumenblau
軍楽隊 Militarmusiker
→兵科色 それぞれの楽士が所属する部隊の兵科色に従う****
従軍司祭 Heeresgeistliche
→兵科色 紫=ヴァイオレット=Violett

参謀将校、獣医 カーマインレッド=深赤色
騎兵、索敵部隊(乗馬) ゴールデンイエロー
索敵部隊(機械化) カッパーブラウン=コパーブラウン=茶色*
通信部隊 レモンイエロー
工兵、技術将校 ブラック


オートバイ部隊 青緑***
衛生兵、医療、補給部隊 コーンフラワーブルー=青紫
輸送部隊 ライトブルー

軍法官 空色
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(資料)
Sigurd Henner & Wolfgang Bohler 'Die Deutsche Wehermachat, Dienstgrade und Waffenfarben des Heeres 1939-1945' (Motorbuch Verlag)

Tamiya 35010 ドイツ将校セットのインストラクション
菊月俊之 『ドイツ軍ユニフォーム&個人装備マニュアル』 (グリーンアロー出版社 2002) P.24
照井好洋 『SSの軍装』(大日本絵画、1998) P.66
(註)
*マイケル・H・ブルット&ロバート・J・エドワーズ 『パンツァー・ユニフォーム』(大日本絵画 1995) P.140では、
「偵察大隊(自動車化)や、後の機甲偵察大隊が使用した兵科色」は、「最も謎が多く、最も複雑な分野のひとつ」としており、
コパーブラウンは、「部隊全体を見渡してみても、これを使用した大隊は極めて少なかった」(P.141)としている。
**装甲部隊兵員の兵科色がピンクでない事例、及び装甲部隊とその周辺の兵員の兵科色の詳細については、
マイケル・H・ブルット&ロバート・J・エドワーズ(1995)の、
P.85-87, P.107-109, P.117-118, P.133-135, P.157-161, 177-179を参照。
***「青緑」はTamiya 35010のインストラクションの記述に拠る。
オートバイ狙撃兵隊(Kradsschutzen)の兵科色については、マイケル・H・ブルット&ロバート・J・エドワーズ (1995) P.133-135を参照。
****Sigurd Henner & Wolfgang Bohler P.97
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(2)ヘルメット

第三帝国期に製造されたスチールヘルメットの総数はおよそ2500万個である*。
重量は810-1130グラム、五社で製造され、ヘルメット内側にその刻印がある**。

M35ヘルメット
1935年6月25日に採用、同月に生産が始まる***。
フチが丸められている(Rolled Edge)であるのがM42ヘルメットと分かつ最大の要素である。
初期はクロームモリブデン製。塗装色はツヤのあるアップルグリーンであった****。
1940年1月27日に塗装色はツヤ消しのフィールドグレーとなった*****。
1940年3月26日にはマンガン・シリコン鋼に変更され、通気孔が簡略化され一体となる******。
→これをM40ヘルメットと分類する場合もある。塗装色はブラックグリーンに変更された*******。

M35/40ヘルメット
M35とM42ヘルメットを分かつ最大の要素は、
フチが丸められている(Rolled Edge)か、丸められていない(Sharp Edge)かである。
M35ヘルメットを更に、M35ヘルメットとM40ヘルメットと分類する場合があり、
M40ヘルメットの特徴を有するヘルメットは、M40ヘルメット、またはM35/40と表記される。
フチが丸められていて、ツヤのあるアップルグリーンの塗装であり、表面が平滑で、金具がアルミニウム製のものを、M35ヘルメットと分類し、
フチが丸められていて、ツヤのないブラックグリーン=スチールグレーの塗装であり、表面に粗さがあり、金具が鉄製のものをM40ヘルメットまたはM35/40ヘルメットと分類する場合がある。

M42ヘルメット
1942年8月1日、ヘルメットのふちを内側に曲げて丸める加工が廃止となる********。
フチが丸められていないことをSharp Edgeと表現される。

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(註)
*Don Tylisz, "Normandy 44, German helmets" (Histoire & Collections 2011), P.4
**Tylisz (2011), P.4


***菊月 P.28
****菊月 P.28及び照井 P.63及びSteiner Vol.117 P.57
*****Steiner Vol.117 P.57
******菊月 P.28及び照井 P.63及びSteiner Vol.117 P.57
*******Steiner Vol.117 P.57
「大戦初期にはアップルグリーンで、バルバロッサ作戦の頃からフィールドグレー、1942年以降はブラックグリーンと塗りわけると、フィギュアの説得力がます」と記述あり。
Tylisz (2011), P.4及びP.5には、第二次大戦前からの製造品はアップルグリーンで表面が滑らかな仕上がりであり、1940年3月にスチールグレーの表面が粗い仕上げに変更されたとある。
********ロビン・ラムズデン 『ナチス親衛隊軍装ハンドブック』(原書房 1997) P.129
ただし、菊月 P.28では、1942年7月6日に廃止とし、
Steiner Vol.117 P.57では、1942年4月20日がM42ヘルメットの採用日付としている。
なお、菊月 P.28によれば、M35ヘルメットのふちの折り返しは幅5mmである。
グランドパワー別冊(2006) P.21では、M35ヘルメットを1944年1月まで製造していたメーカーもあり、1944-45年でもM35ヘルメットを着用していた兵士は少なくなかった、としている。
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(3)ヘルメットワッペン

国防軍
1934年4月5日に盾形のヘルメットワッペンを導入。
ヘルメットワッペンが左側頭部に国防軍型のナチス紋章=鷲章、右側頭部に国家三色章となる*。
1940年3月21日、ヘルメット右側頭部につく国家色章が廃止される**。
1943年8月26日、ヘルメット左側頭部につく鷲章が廃止される***。

国防軍のヘルメットワッペンの改廃の日付は、註釈で示しているように著者によって異なる。
まとめると、第二次大戦前から1940年3月までは左側頭部の国家鷲章と、右側頭部の国家三色章が併存し、
同月に右側頭部の国家三色章が廃止されてから、1943年8月までは左側頭部の国家鷲章のみの時代となり、
同月の左側頭部の国家鷲章の廃止以降、ヘルメットワッペンは付けられなくなった。

Pre War - March 1940 = Double Decal Period
March 1940 - August 1943 = Single Decal Period
After August 1943 =No Decal Period

武装親衛隊
1935年8月12日、ハンス・ハース教授デザインの新統一規格ヘルメットワッペンの導入****。
ヘルメットワッペンが左側頭部にSS章、右側頭部にハーケンクロイツ章となる*****。
1940年3月21日、ヘルメット右側頭部につくハーケンクロイツのワッペンを取り外すよう命令が出る******。
1943年11月1日、ヘルメット左側頭部につくSS章のワッペンが廃止となる*******。

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(註)
*菊月 P.28
ただし、Tylisz (2011) P.5では、1935年6月25日を国家三色章の導入日付としている。
**菊月 P.28及びTylisz (2011) P.4, P.5
***菊月 P.28及び照井 P.63はヘルメットデカールの廃止日を1943年8月26日と記述している。
ただし、Steiner Vol.117 P.57及びTylisz (2011) P.4は1943年8月28日としている。

****ロビン・ラムズデン 『ナチス親衛隊軍装ハンドブック』(原書房 1997) P.123
*****ただし、照井 P.63には、右側頭部にSS章が付けられているタイプも義勇部隊には多く見られるとある。
******ラムズデン(1997) P.127
*******ラムズデン(1997) P.129
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(3)帽子類

パンツァーベレー
1934年に採用。1941年1月に廃止*。
廃止後、在庫品は防寒帽に仕立て直された**。
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(註)
*Steiner 「AFVモデラーのための軍装資料室 第2回「戦車搭乗員の制服2」『アーマーモデリング』 Vol.101 P.57
**カンプ・グルッペ・ジーペン監修『WWⅡドイツ軍兵器集』(ワールドフォトプレス, 1980)P.5
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戦車搭乗員用の略帽
(1)黒色の34年型、38年型略帽
1940年3月27日に採用。本格的に登場するのはバルバロッサ作戦から*。
ただし1938年頃から既に黒色の略帽をオーダーメイドして着用していた将校もいた**。

初期には兵科色のピンクの山型章が付けられていたが、1942年7月に山型章は廃止される***。

--------------------------------------------------------------
(註)
*Steiner Vol.101 P.57
P.56「西方戦役までに十分な数の供給が間に合わなかったため、多くの戦車兵たちは、黒の戦車搭乗服にフィールドグレーの略帽を被って」いた。
ドイツ陸軍戦車兵のフィールドグレー略帽の着用について、
カンプ・グルッペ・ジーペン監修『WWⅡドイツ軍兵器集』(ワールドフォトプレス, 1980)P.6の記述によれば、
黒の略帽が戦車兵に支給されてもなおフィールドグレーの略帽の使用が続いたため、
1944年夏には再度禁止命令が出たとのことである。
**Steiner Vol.101 P.57
***Steiner Vol.101 P.56
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(2)黒色の42年型略帽
1942年7月21日に導入*。前袷にボタンがふたつ付いている。

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(註)
*Steiner Vol.101 P.57
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トロピカルヘルメット
1941年末から1942年初めには支給されなくなった*。

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*文林堂 『ロンメル戦車軍団 DAK』 (1992) P.20
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(10)服飾一般

36年型野戦服
プリーツポケット、ポケットフラップ突起形状あり。
本体はフィールドグレー、襟の色はダークグレー。

40年型野戦服
プリーツポケット、ポケットフラップ突起形状あり。
本体はフィールドグレー、襟の色もフィールドグレー。

42年型野戦服
プリーツなしポケット、ポケットフラップ突起形状あり。
本体はフィールドグレー、襟の色もフィールドグレー。

43年型野戦服
プリーツなしポケット、ポケットフラップ直線。
本体はフィールドグレー、襟の色もフィールドグレー。
ただし質の良くないウール・レーヨン混紡となり、再生ウールも多用されたため、色調は灰色味が増した*。

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(註)
*グランドパワー別冊(2006) P.62
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44年型野戦服
プリーツなしポケット、ポケットフラップ直線。
本体はフィールドグレー、襟の色もフィールドグレー。
裾がカットされて短くなる。
前合わせのボタンが5個のものと6個のものが存在*。
6つボタンで開襟にして着用するのが普通であった**。

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(註)
*照井(1998) P.28-29
**グランドパワー別冊(2006) P.74
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1935年型オーバーコート Mantel
袖の折り返しの長さは、将校用が23cm、下士官・兵用は15cmである*。
襟の色は初期はダークグリーン、戦争突入後はフィールドグレーとなった**。

1940年型オーバーコート
襟が大型化。ボタンの位置も1935年型に比べて内側に寄った印象。

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(註)
*菊月 P.18
**菊月 P.20
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オートバイ兵用コート

迷彩スモックⅠ型
1936年末、1937年初頃に登場*。

迷彩スモックⅡ型
1940年頃に登場**。

迷彩スモックⅢ型
1942年頃に登場***。

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(註)
*照井(1998) P.37
**照井(1998) P.37
***照井(1998) P.37
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M44ピーパターン迷彩服
1944年3月1日に導入。1944年11月1日から1945年3月15日の間支給が中断され、以降支給されることはなかった*。
冬季の迷彩スモックおよびM44ピーパターン迷彩服の着用は、1944年11月1日付の武装SS規定21号650項に違反するが、アルデンヌ戦の武装親衛隊兵士を象徴するスタイルとなっている**。
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(註)
*ラムズデン(1997) P.143
**照井 (1998) P.16
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M44ピーパターン戦車搭乗服
黒色またはフィールドグレーの戦車搭乗服には袖口にボタンがあり、開閉出来るが、
M44ピーパターン迷彩服にはそれが無い*。
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(註)
*照井(1998) P.47
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M44ピーパターン迷彩ズボン
1944年3月1日に制定*。
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(註)
*照井(1998) P.51
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夏季用の白い野戦服
1940年6月以降、着用が禁止され、ソ連軍から鹵獲した携帯用テントの布地からオリーブグリーンの夏季用野戦服が製造される*。

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(註)
*ラムズデン(1997) P.135
菊月 P.18では、オフホワイトの野戦服は作業服Drillichanzugとして分類されており、戦争中期以降はリードグリーンに変更されたとある。
同書P.21では「オフ・ホワイトの作業ズボンは、しばしば野戦服として着用されている」と記述がある。
作業服用階級章については、同書P.21を参照。
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武装親衛隊防寒パルカ=ハリコフパルカ=武装親衛隊1942年型防寒服

初期はプルオーバースタイル。1943年後期から44年初期にかけてボタンで全開出来るスタイルに変更された*。
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(註)
*照井(1998) P.45
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武装親衛隊防寒アノラック
Reversible Padded Winter Uniform
1943年10月1日に制定。ポケットフラップの形状が陸軍のアノラックだと水平型であるが、武装親衛隊では波型である*。
1943-1944年の冬に迷彩パターンの布地を導入**。
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(註)
*照井(1998) P.45
**Andrew Steven & Peter Amodio 'Waffen-SS Uniforms in Color Photographs' (The Crowood Press Ltd. 2011) P.58
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44年型迷彩防寒ズボン
リバーシブルで裏側は白。

降下猟兵の降下スモック
1938年型フィールドグレー降下スモックが初期に支給された。
スプリンター迷彩のスモックは1940年に出現、股部を開閉できるタイプが1942年頃に登場*。

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(註)
*照井(1998)P.11及び文林堂(1992)P.15
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杉綾織リードグリーンズボン
1940年2月12日制定。陸軍にも武装親衛隊にも多く用いられた*。

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(註)
*照井(1998) P.6
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山岳猟兵のレギンス
1943年頃に登場*

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(註)
*照井(1998)P.15
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ツェルトバーン
203cm、203cm、240cmの三角形*

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(註)
*ラムズデン(1997) P.141
ただしグランドパワー別冊(2006) P.40には、2m、2m、2.5mとある。
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工兵用突撃バック
1941年3月27日に導入*

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(註)
*照井(1998)P.17
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熱帯地用被服の熱帯地以外での使用許可
熱帯地以外でも着用が許可された地域の場合、5月1日から9月30日までの期間に使用が許された*。

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(註)
*文林堂(1992) P.22
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陸軍戦車搭乗服1号
1934年に採用*。
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(註)
*Steiner 「AFVモデラーのための軍装資料室 第1回「戦車搭乗員の制服1」『アーマーモデリング』 Vol.100 P.53
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陸軍戦車搭乗服2号初期型
1936年に採用。下襟を閉じて着用出来るように改良されている**。
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(註)
**Steiner Vol.100 P.53
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1939年に戦車兵の兵科色=ローズピンクのパイピング(縁取り)が廃止。
陸軍戦車搭乗服2号後期型の生産が始まる。当時の写真では1941年の対ソ戦のころから見られる***。
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(註)
***Steiner Vol.100 P.53
襟章は戦車搭乗服1号と取付角度が違うと記述あり。
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突撃砲兵のパンツァーヤッケの襟章について
1943年1月に「突撃砲兵によるドクロ付き襟章の着用禁止」が通達される。
ただし、この通達はあまり守られなかったらしい****。

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(註)
****富岡吉勝(監修)『ドイツ軍用車両戦場写真集』P.8
おそらく、ここで言われている「突撃砲兵」は、砲兵隊の中の突撃砲搭乗員及び突撃砲兵隊の突撃砲搭乗員のことであり、
尾藤満・北村裕司『アハトゥンク・パンツァー第5集 Ⅲ号突撃砲・Ⅳ号突撃砲・33式突撃歩兵砲編』(大日本絵画, 1995)P.1では、
(フィールド)「グレーの戦車服に「ドクロ」の襟章の組み合わせは、戦車駆逐部隊の装甲車両の搭乗員の一般的な服装である」とされている。
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黒ではなくフィールドグレーのパンツァーヤッケを着用する場合について

1940年5月、突撃砲の搭乗員はフィールドグレーのパンツァーヤッケを着用することが決まる。
制定当初は襟は濃緑であったが、間もなくフィールドグレーに変更。
形状は黒のパンツァーヤッケと同じであるが、襟の兵科色パイピングが支給当初から付けられていなかった点が異なる。
1943年頃にウールに対するレーヨンの混合比率が増えて、茶色味を帯びるようになった。
1943年1月には砲兵隊の突撃砲搭乗員及び突撃砲隊の突撃砲搭乗員が襟のドクロ章を用いることが禁止され、彼らの襟章はリッツェンを用いること、とされた。
1943年3月には歩兵及び装甲擲弾兵連隊の自走砲部隊の兵士にもグレーのパンツァーヤッケが支給されるようになり、
歩兵部隊の場合は兵科色の白、装甲擲弾兵部隊の場合は兵科色のグラスグリーン=アップルグリーン=黄緑色がリッツェンに用いられた。

1944年5月にはエレファントが配備されている軍及び軍団の自走対戦車砲部隊を含む全ての自走対戦車砲部隊の兵と、
機甲部隊、装甲擲弾兵部隊に属する自走対戦車部隊の兵は黒いパンツァーヤッケを着用し、
歩兵師団、軽歩兵(ライフル銃隊)師団、山岳兵師団及びエレファントを用いない軍や軍団の中のそれ以外の自走対戦車砲部隊はフィールドグレーのパンツァーヤッケを着用することとなった。*

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(註)
*カンプ・グルッペ・ジーペン監修『WWⅡドイツ軍兵器集』(ワールドフォトプレス, 1980)P.7
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無線機用ヘッドホン
当時の鮮明な写真として、富岡吉勝(監修)『ドイツ軍用車両戦場写真集』P.58, 59, 62, 63, 63, 65
ヘッドフォンの単体解説記事として、Armour Modelling誌でのSteiner氏の連載「AFVモデラーのためのドイツ軍装資料室」第8回(Vol.107)「戦車搭乗員の制服8」

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ドイツ軍装文献資料目録

Andrew Steven & Peter Amodio "Waffen-SS Uniforms in Colour Photographs" (Crowood Press 2011)
Dan Tylisz "Normandy 44 German Helmets" (Histoire & Collections 2011)
Jean-Philippe Borg, "German Combat Equipment 1939-45" (Histoire & Collections)

S.R.ゴードン・ダグラス 『ドイツ国防軍ミリタリー・ルック』 (サンケイ新聞社出版局, 1972)
カンプ・グルッペ・ジーペン監修 『WWⅡドイツ軍兵器集』 (ワールドフォトプレス, 1980)
マイケル・H・ブルット, ロバート・J・エドワーズ 『パンツァー・ユニフォーム』 (大日本絵画, 1995)
ロビン・ラムズデン 『ナチス親衛隊軍装ハンドブック』 (原書房, 1997)
J.F.ボルサレロ、菊地晟 『German Caouflage Uniforms 1937-1945 [第二次大戦ドイツ迷彩服]』 (ホビージャパン, 1994)
by tokyomonogatari | 2012-03-24 23:57 | ドイツ軍史料メモ | Comments(0)

ドイツ軍装備品史ノート1(書き途中)

(1)1931年型雑嚢 Brotbeutel 1931
1931年型雑嚢は、1934年型雑嚢と分けて分類・同定されることもあるが、元来正式には1931年型のみが存在している*。
サイズは上辺24cm、下辺32.5cm、重量は220g。ストラップは全長112cmで重量は80g**。
初期はフィールドグレー、1940年からオリーブグリーンの布地が導入される***。
1941年、アルミ製の金具がライドグレーに塗られた鉄製のものに変更される****。
1942年、生産の簡易化が始まる。ベルトループの補強革が省かれる*****。
1943年、金具がダークグレーとなる******。
1944年、最後の生産簡易化が行われる。ベルトループのボタンが省かれ、中央のベルトループも簡素化される*******。
生産簡易化の一方で、1944年11月からは、M34カービンライフルクリーニングキット(Reinigungsgerat 34)のポケットが加えられる。********

-------------------------------------------------------------
(註)
*Gordon Rottman, "German Combat Equipments 1939-45" (Osprey Publishing 1991) P.11
**菊月俊之 『ドイツ軍ユニフォーム&個人装備マニュアル』 (グリーンアロー出版社 2002) P.36
***Jean-Philippe Borg, "German Combat Equipment 1939-1945" (Histoire & Collections) P.13
****Borg, P.13
ただし、Rottman,P.12には、1942-43年にオリーブグリーンの布地で生産され始めたとある。
*****Borg, P.15
******Borg, P.15
*******Borg, P.15
********Borg, P.13及びP.17
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(2)1931年型水筒 Feldflacshe 31
容量800ml*。
本体の素材は初期はアルミ製。1943年から鉄製のものが生産された。**
初期のものは黒で塗られていたが、1941年4月にオリーブグリーンに塗る命令が発せられている***。
初期のものにはコップが付属していない。****
金属製の240mlから270mlのコップは初期はアルミ製、1942-43年に鉄製のものが登場した。*****
コップの高さは8.5cm******。
折りたたみ式の持ち手がコップについているが、エナメル仕上げの後期生産品では取り付けられていないものもある*******。
ベークライト製の円形のコップは100ml。黒や緑色、オレンジ色や茶色等のものなどが存在している********。
本体を覆う素材は縫い合わされたフェルト製。ただし1941年から1945年にかけて木製繊維を樹脂で固めたもので覆われたものも生産された。*********

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(註)
*Rottman, P.12
**Borg, P.26
***Rottman, P.13
****Rottman, P.12
*****Borg, P.26
******グランドパワー別冊 『第2次大戦ドイツ歩兵 in ACTION』 (ガリレオ出版 2006) P.32
*******Borg, P.26及びP.29
********Borg, P.26及びP.28
*********Borg, P.26及びP.31
なお、Borg, P.26には木質繊維を樹脂で固めたものはフェルト製のカバーよりも外部の熱遮断性に優れているが、アフリカ戦線の兵士の写真を見るとフェルト製のものが広く使われているように見受けられると記述がある。
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(3)1931年型飯盒 Kochgeschirr 31
従来の形状から1931年に改められ、サイズが小さくなった*。
容量は1700ml。500mlごとに3本の線が本体外側に設けられていたが、後期生産品にはこの線が存在しないものもある**。
初期はアルミ製の本体に、鉄製の取っ手で生産された***。
アルミ製の飯盒の重量は350g、ストラップの重量は40g****。
1942年には本体の素材として錫メッキ鋼板が用いられるようになった****。
本体外側の色は初期はダークグリーン、1941年4月23日よりオリーブグリーンに変更*****。
内側の色はアルミ地のものやレッドのラッカー仕上げや黒のエナメル仕上げのものなどが存在******。
フタと本体は革ストラップで固定。アフリカ軍団向けのリードグリーン色の布製ストラップも存在し、飯盒の本体もリードグリーンのものも存在している*******。

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(註)
*Borg, P.20
Rottman, P.13は、初期のモデルはフィールドグレーで容量2500mlとしている。
**Borg, P.21
***Borg, P.20
****菊月, P.38
****Borg, P.20
Rottman, P.13には、1943年頃までアルミで生産されたとある。
*****照井好洋 『SSの軍装』(大日本絵画、1998) P.8及びRottman P.13
なお、照井はオリーブドラブに変更されたと記述し、Rottman, P.13は、オリーブグリーンに変更されたとしており、これは同じ色をオリーブドラブとするか、オリーブグリーンとするかの呼称の揺れであると思われる。
******Borg, P.23
*******グランドパワー別冊 『第2次大戦ドイツ歩兵 in ACTION』 (ガリレオ出版 2006) P.31
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(4)1874年型スコップ Feldspaten
スコップ本体のブレードの幅は15cm、長さは20cm*。
スコップ本体の全長は50cm(ただしグリップ後端の球形部分を含まない)**。
1935年頃からリベット留め加工に代わり電気溶接加工が多く用いられるようになった***。

ケースの幅は約16cm、長さは19.5cm****。
ベルトループの幅は2.5cm、ベルトループの間の距離は約5cm*****。
1938年から人造革のものが生産されるようになるが、ストラップは依然として革が用いられた******。
革製ケースの色は黒または茶色、ボール紙の人造革製ケースの色は黒またはサンドイエローである******。
ベルトループの色は黒または茶色であり、必ずしもケースの色と一致しない********。

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(註)
*Borg, P.34
**Borg, P.34
***照井(1998) P.6

****Borg, P.34
*****Borg, P.34
******Borg, P.34
照井, P.16によれば、人造革のスコップケースの制定は1938年1月26日である。
*******Borg, P.34
********Borg, P.34及びP.35
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(5)1938年型折りたたみスコップ Zusammenklappbare schanzzeug / Klappspaten
1938年11月12日に制定*。
しかし1874年型の折りたためないスコップの方が安価でかつ大量生産には向いており、折りたたみスコップの供給は少なかった**。
折りたたみ時の長さは50cm、折りたたまない時の長さは70cm、スペード部の幅は15cm***。
ケースの形状は二種類に分けることが出来、上部に押さえの付いたタイプのものと、下端にスコップ先端を差し込む部分が設けられたタイプがある****。
ケースは初期は革が用いられたが、1942年以降、ボール紙の人造革製のものも多く生産された*****。
ケースの裏側、お尻により近づく側にベルトから提げた銃剣を差し込むループが設けられており、ミリタリーフィギュアにおいて折りたたみスコップと銃剣を同居させる場合、
きちんと裾に溝を設けて銃剣を折りたたみスコップの下に据えなければならない。
スコップと銃剣をベルトから提げたフィギュアを作る上で最も楽な方法は、折りたたみではないスコップ=1874年型スコップの、銃剣一体型のパーツ(ex. Tamiya Yα)を用いることである。

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(註)
*照井, P.8及び菊月, P.53
**Borg, P.39
***Borg, P.39
菊月, P.53には、折りたたみ時の長さは50cm、全長73cm、スペード部の長さ20cm、幅15cm、重量1160gとある。
****Borg, P.39
*****Borg, P.40
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(6)双眼鏡 Doppelfernrohr

ドイツ軍が使用した双眼鏡は6から15倍率のものであったが、第一線の将兵が使用したのは6(6X30)ないし8倍率であった*。
10倍率の双眼鏡は砲兵隊をはじめ高級将校によって使用された**。

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(註)
*文林堂(1992)P.15
**菊月(2002)P.58
「10倍率の双眼鏡を首から下げる"大ドイツ"師団の中尉」の写真が菊月(2002)P.59にある。
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(7)ガスマスクケース

(1)1930年に支給され始めたガスマスクケース
直径11.5cm、長さ26cm*。

(2)1936年に支給され始めたガスマスクケース
直径約11.5cm、長さ25cm**。

(3)1938年に導入されたガスマスクケース
1938年に延長版のガスマスクケースが導入され、25cmから27.5cmとなった***。

ガスマスクの重量は960g、ショートタイプのガスマスクケースの重量が1040gであった***。

ガスマスクケースのストラップの長さは約160cm、幅は18から20mmであった*****。

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(註)
*Borg P.58
Rottman P.15は直径12cm、長さ24.5cmとしている。
**Borg P.58
***Borg P.60
ただし、菊月(2002)は、1941年11月26日付の指令で延長されたとしている。
直径についてBorgとRottmanと菊月の見解が異なっている点に注意。
菊月(2002) P.44はガスマスクケースのサイズを直径12.5cm、全長25cmとし、延長後27.5cmとしている。
****菊月(2002) P.44
*****Borg P.60
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(8)ベルトバックル Koppelschloss
将校用のフレームバックルのサイズは50x76mm。下士官・兵用のプレスタイプのバックルは56×49mm*。
プレスタイプのバックルは1936年1月26日に採用された**。
プレスタイプのバックルの表面に凸文字で施されているGOTT MIT UNSは1847年から用いられたプロシア軍のバックルと同じ文言である***。
プレスタイプのバックルは1935年から第二次大戦開戦当初まではアルミニウムで製造され、光の反射を抑え、塗料の乗りを良くするために表面に凹凸加工がされていた****。
1940年からは兵用のプレスタイプバックルは鉄製となった*****。

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(註)
*菊月 P.30
Steiner (Vol.105) P.56-5には、50mm幅用と45mm幅用の将校用フレームバックルが分けて記述されている。
**Borg P.4
***Borg P.4
****Borg P.4
*****Borg P.4, P.6
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(9)ベルト Leibriemen

将校用ベルトの幅は55mm、50mm、45mmが存在し、1943年5月14日には下士官・兵用ベルトと同じ45mm幅となった*。
下士官・兵用ベルトの幅は43から45mm、厚みは3から4mmであった**。
当初はアルミニウムで端部のフックが作られていたが、バックルと同様に1940年からは素材が鉄に変更された***。

-----------------------------------------------------
(註)
*Steiner (Vol.105) P.56-57
**Borg P.4
***Borg P.4
熱帯地用の布製ベルトについてはBorg P.8, P10, P.11の図版を参照。
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1911年型弾薬ポーチ Patronentasche 1911
22の革のパーツで構成され、反射を抑えるために表面に凹凸加工がされていた*。
革のパーツは接着剤、縫製、アルミニウム製のリベットで組み立てられている**。
1942年6月1日、内側の弾薬クリップを仕切る革を外すことが禁じられた***。
1942-43年の間、弾薬ポーチは生産簡略化がなされた****。
19の革のパーツとなり、ベルトからすぐに外せる機構が省略されることもあった*****。

第二次大戦前の弾薬ポーチは茶革のまま製造、供給され、兵士達が表側のみ黒く染めていたが、大戦下には黒く染められた革で製造されるようになった******。

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(註)
*Borg P.46
**Borg P.46
***Borg P.46
*****Borg P.46
******Borg P.46
******Borg P.47
----------------------------------------------------------------------------




(10)1939年型Dリングサスペンダー Koppeltragegestell
1939年4月18日にKoppeltragegestell aus Leder mit Hilfstrageriemenの名前で導入*。
1940年4月2日にはKoppeltragenstell fur Infanterieに名前が変更される**。
当初はアルミニウムで金具が製造されたが、1940年-41年に鉄製となる***。
鉄製金具は当初ライトグレーに塗装されていたが、1943年からダークグレーに塗装された****。
1941年頃に後期型のDリングサスペンダーが登場し、連結ストラップ調整金具の形状が変更された*****。
戦争中期まで行き渡らなかったため、雑嚢ストラップで代用されることも多かった******。
重量は約350g*******。
背嚢用のストラップとDリングの存在しないタイプを1940年から騎兵部隊将兵が使用している********。
------------------------------------------------------
(註)
*Borg P.53
**Borg P.53
***Borg P.53
****Borg P.53
*****照井 P.70
******照井 P.6
なお、菊月 P.36によれば雑嚢ストラップの長さは112cmである。
*******菊月 P.39
********菊月 P.39
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(11)1935年型マップケース
by tokyomonogatari | 2012-03-24 00:05 | ドイツ軍史料メモ | Comments(0)

1/35 38(t)戦車系列メモ(書き途中)

(0)先行研究・文献資料

ACHTUNG PANZER! のヘッツァー記事目録
※モデルグラフィックス誌に連載されていたACHTUNG PANZERのうち、ヘッツァーの記事は単行本に収録されていない。

第79回 ドイツ38(t)駆逐戦車ヘッツァー(1)「プロトタイプ~増加試作型」
(『モデルグラフィックス 1994年4月号 Vol.114』 (大日本絵画)P.68-69)

第80回 ドイツ38(t)駆逐戦車ヘッツァー(2)「1944年4月生産型」
(『モデルグラフィックス 1994年6月号 Vol.116』 (大日本絵画)P.68-69)

第81回 ドイツ38(t) 駆逐戦車ヘッツァー(3)「1944年5月~8月生産型」
(『モデルグラフィックス 1994年8月号 Vol.118』 (大日本絵画)P.102-103)

第82回 ドイツ38(t) 駆逐戦車ヘッツァー(4)「1944年9月生産型」
(『モデルグラフィックス 1994年10月号 Vol.120』 (大日本絵画)P.114-115)

第83回 ドイツ38(t) 駆逐戦車ヘッツァー(5)「1944年10月~12月生産型」
(『モデルグラフィックス 1994年12月号 Vol.122』 (大日本絵画)折り込み)

第84回 ドイツ38(t) 駆逐戦車ヘッツァー(6)「1945年1~5月(?)生産型」
(『モデルグラフィックス 1995年2月号 Vol.124』 (大日本絵画)P.94-95)

第85回 ドイツ38(t) 駆逐戦車ヘッツァー(7)「OVMの考察」
(『モデルグラフィックス 1995年4月号 Vol.126』 (大日本絵画)P.36-37)

Tamiya 35285とDragonとEduardのヘッツァーを横断的に比較したキット評として、
Terry Ashley氏のレヴューは必読。
http://www.perthmilitarymodelling.com/reviews/vehicles/tamiya/tam35285.html

DragonとTristarの38(t)戦車G型を同時に製作した記事として、
中島春彦氏の記事がある。
Armour Modelling Vol.000 P.000-000

資料書籍として、

ヒラリー・ドイル&トム・イェンツ 『38式軽駆逐戦車ヘッツァー1944-1945』(大日本絵画,2002)

『モデルフィーベル 特集チェコ製ドイツAFV』(モデルアート, 2007)

マルツィン・ラインコ 『38式駆逐戦車ヘッツァー』(大日本絵画, 2010)

『グランドパワーNo.229 駆逐戦車ヘッツァー』(ガリレオ出版, 2013)

Gary Edmundson 'Modelling the Jagdpanzer 38(t) 'Hetzer' '(Osprey Publishing, 2004)

Sam Dwyer 'Modelling the Marder Self-Propelled Gun' (Osprey Publishing, 2005)

Gary Edmundson 'Modelling the German 15cm sIG33 Bison and Grille'(Osprey Publishing, 2005)

Walter J. Spielberger "Panzer 35(t)/38(t) (Motorbuch Verlag, 2013)

Lee Archer 'In Focus 1 Jagdpanzer 38' (Panzerwrecks, 2016)、
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Tamiya社、Dragon社、Tristar社 1/35 38(t)系列足回りスプルー一覧

Tamiya 35248-A
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Tamiya 35255-A
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Tamiya 35285-A
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Dragon 6030-C&D
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Dragon 6037-C&D
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Dragon 6060-C&D
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↑Dragon 6060ではCに含まれているロードホイールは用いず、Fに含まれているロードホイールを用いる。

Dragon 6060-F&G
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Dragon 6290-A
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(1)Tamiya 35248, ドイツ対戦車自走砲マーダーⅢ(7.62cm Pak36搭載型)
Tamiya 35248, German Tank Destroyer Marder Ⅲ (Sd.Kfz.139) 7.62cm Pak 36(r) auf Gw.38(t)

Tamiya 35248-A
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(1)Sprocket Wheel
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(2)Idler Wheel
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(3)Road Wheel
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(4)Support Roller
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(5)Leaf Spring Suspension
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(2)Tamiya 35255, ドイツ対戦車自走砲マーダーⅢM
Tamiya 35255, German Tank Destroyer Marder Ⅲ Ausf.M 7.5cm Pak 40/3 auf Gw.38(t) Sd.Kfz.138

Tamiya 35255-A
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(1)Sprocket Wheel
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(2)Road Wheel
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(3)Idler Wheel
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(4)Support Roller
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(5)Leaf Spring Suspension
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(3)Tamiya 35285, ドイツ駆逐戦車ヘッツァー(中期型)
Tamiya 35285, German Tank Destroyer Hetzer Mid Production


Tamiya 35285-A
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↑誘導輪は12穴。

(1)Sprocket Wheel
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(2)Road Wheel
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(3)Idler Wheel
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(4)Return Roller
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(5)Leaf Spring Suspension
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↑Tamiya 35285の板バネサスペンションは裏側に肉抜きあり。
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(4)Dragon 6030, ヘッツァー初期生産型
Dragon 6030, Sd.Kfz.138/2 "Hetzer" Early Version

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↑Dragon 6030-Cの誘導輪の部品としての表側は金型コア側であり、EP痕が4点、表側に露見する。
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(5)Dragon 6037, 駆逐戦車/火炎放射戦車ヘッツァー中期生産型
Dragon 6037, Jagdpanzer / Flammpanzer 38 Mid Production


Dragon 6037-C&D parts
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(1)Sprocket Wheel
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(2)Road Wheel
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(3)Idler Wheel
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↑誘導輪は部品としての正面が金型コア側に彫られており、EP痕が3点、正面に露見。
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(4)Return Roller
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(5)Leaf Spring Suspension
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↑板バネサスペンションの部品は金型キャビ側、部品としての正面側にヒケが生じている。

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(6)Dragon 6060, ヘッツァー指揮車輛型
Dragon 6060, 'Hetzer' Command Version


Dragon 6060-C&D Parts
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Dragon 6067-F&G
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(7)Dragon 6290, 38(t)戦車G型
Dragon 6290, Pz.Kpfw. 38(t) Ausf. G w/Interior


Dragon 6290-A Parts
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↑2000年代リリースのDragon社38(t)シリーズの足回り。
その彫刻は、1990年代のヘッツァーに比して切れ味が格段に増している。
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by tokyomonogatari | 2012-03-20 05:39 | ドイツ軍史料メモ | Comments(0)

1/35 Ⅱ号戦車系列メモ(書き途中)

1/35 Ⅱ号戦車系列の足廻り

(1) Sprocket Wheels

Tamiya 35292=35299-A [Tamiyaの新Ⅱ号戦車系列のAスプルー]

Tamiya Sprocket

Tamiyaの二号戦車系列のスプロケットの歯の枚数をまとめますと、
旧Ⅱ号戦車系列の起動輪は22枚
ヴェスペの起動輪は25枚
新Ⅱ号戦車系列の起動輪は26枚
で模型化されています。

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Dragon Pz.Kpfw.Ⅱ E Sprue [DragonのⅡ号戦車系列のEスプルー]

Dragon Sprocket Type-A

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Dragon Sprocket Type-B

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(2)Idler Wheels

Tamiya 35292=35299-A

Tamiya Idler Wheel Small

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Tamiya Idler Wheel Large

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Dragon Pz.Kpfw.Ⅱ E Sprue

Dragon Idler Whel Type-A

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Dragon Idler Whel Type-B

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Dragon Idler Whel Type-C

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Idler Wheel Ring

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by tokyomonogatari | 2012-03-18 23:46 | ドイツ軍史料メモ | Comments(0)

1/35 Ⅲ号戦車系列メモ(書き途中)

(0)先行研究

Ⅲ号戦車及びⅢ号突撃砲に関する資料書籍として、

『突撃砲モデルフィーベル1』 (モデルアート, 1997)
『Ⅲ号戦車モデルフィーベル』 (モデルアート, 1998)
ヒラリー・ドイル & トム・イェンツ 『Ⅲ号突撃砲短砲身型1940-1942』 (大日本絵画, 2000)
『AFVモデリングガイド Vol.6 ドイツ突撃砲パート1 Ⅲ号突撃砲A-E型&ブルムベア』 (芸文社, 2010)
『AFVモデリングガイド Vol.7 ドイツ突撃砲パート2 Ⅲ号突撃砲F-G型&Ⅳ号突撃砲』(芸文社, 2011)
『Ⅲ号突撃砲長砲身タイプ』 (モデルアート,2011)
『第2次大戦 Ⅲ号突撃砲写真集Vol.2 [A~F8型/突撃砲部隊史]』 (ガリレオ出版, 2012)
『第2次大戦 Ⅲ号突撃砲図面集』 (ガリレオ出版, 2012)
『ドイツⅢ号戦車 開発と構造』(ガリレオ出版)

Gary Edmundson, 'Modelling the Sturmgeschutz Ⅲ' (Osprey Publishing, 2006)
→Tamiya 35197の車体上部の前面装甲板の角度をガッツリ修正し、
"正しい"Ⅲ突G型初期型車体を製作する記事が特に必読。

'On Display Vol.2 Stug Ⅲ' (Canfora Grafisk Form & Forlag, 2012)

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Modelkasten A-6 [Ⅲ号戦車/突撃砲用、初期/後期スプロケット&デフセット]

説明図の表記から推測するに、
Modelkasten A-6がリリースされたのはTamiya社からⅢ号突撃砲G型(35197)がリリースされるより後、
Ⅲ号戦車L型(35215)がリリースされるより前である。

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↑初期から中期型のスプロケット歯。ボルト周辺の避けが大きい。
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↑中期から後期型のスプロケット歯。ボルト周辺の避けが小さい。
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↑アンダーカットでデフケースとの一体成型が不可能なドレーンボルトを独立したパーツとしている。

Tamiya 35281-A&E [Ⅲ号突撃砲B型の足回りパーツ]

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↑Tamiya 35281-A&Eは、
中央のランナーがTamiya 35197-A初出であり、
左端のランナーがTamiya 35215のリリースの際にAに継ぎ足された部分、
右端のランナーがTamiya 35281のリリースの際に延長されたEと、
Tamiya社の90年代以降のⅢ号戦車系列のリリース史が明瞭に刻まれた一枚に仕上がっております。

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↑Tamiya社のⅢ号戦車系列の起動輪は、「ボルトが円周を等分して打たれていない謎」を抱えています。
この写真で右下の箇所に並ぶ3つのボルトが、何故か等しい距離で打たれていません。
実車の写真を確認しても、等しい距離で打たれているように見え、このボルト位置は謎めいています。

なお、1/48キットでも同様に等しく打たれていなく、この部分は要資料確認なのです。

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Tamiya 35310-A [Ⅲ号突撃砲G型(フィンランド軍)の足回りパーツ]


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↑Tamiya 35310-Aは、Aの基本部分のみにしぼられています。

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Tamiya MM Stug Ⅲ Lower Hull

Tamiya 35197=Ⅲ号突撃砲G型、
Tamiya 35215=Ⅲ号戦車L型、
Tamiya 35310=Ⅲ号戦車G型フィンランド仕様
には共通の車体下部がキットに与えられています

Tamiya 35281=Ⅲ号戦車B型
では可動式のサスペンションアームに伴ってその周辺部が異なったものとなっています。

車体下部底面の形状は同じ要素が同じ位置に表現されていますが、
より細かく観察すると、ボルトの径が若干異なる部分があります。

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↑ダークイエローがTamiya 35197=35215=35310-Lower Hull
ジャーマングレーがTamiya 35281-Lower Hull
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Dragon 6008=6042 Stug Ⅲ Lower Hull

90年代リリースのDragon社 Ⅲ号突撃砲の車体下部。
Tamiya 35197=35215=35310の車体下部と比較。

90年代の同時代にTamiya MMもⅢ号系列とⅣ号系列の車体下部を新規に作り起こしていますが、
Dragon社のものには存在する、車体下部部品の上端のフェンダー金具プレートの表現が省略されています。
履帯に隠れてあまり見えない部分とはいえ、その隙間からプレートの存在を確認出来ると、
ちょっと嬉しくなる部分なので、Tamiya社のⅢ号とⅣ号を作る際には、プラバンで自作しておきたい部分なのです。


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Ⅲ号突撃砲の履帯

F型とF/8型からG初期型までの標準型履帯はKgs61/400/120*

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(註)
*『Ⅲ号突撃砲長砲身タイプ』 (モデルアート,2011) P.65
400mm幅、ピッチ120mmを示す。
400mm幅は、履板を連結するピンの部分も含んだ幅であり、ピンの突出部は10mmである。
それが左右に突出しているため、履板それ自体の幅は380mmである。

紛らわしいのは、40cm履帯と38cm履帯が存在していることで、
40cm履帯はピンを除いた履板自体の幅は38cmであり、38cm履帯はピンを除いた履板自体の幅は36cmである。
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by tokyomonogatari | 2012-03-17 19:10 | ドイツ軍史料メモ | Comments(0)

1/35 Ⅳ号戦車系列メモ(書き途中)

(A)先行研究・文献資料

尾藤満・上田暁・北村裕司 『アハトゥンク・パンツァー 第1集 Ⅳ号戦車編』(大日本絵画, 1989)
尾藤満・北村裕司 『アハトゥンク・パンツァー 第4集 パンター・ヤークトパンター・ブルムベア編』(大日本絵画, 1995)
尾藤満・北村裕司 『アハトゥンク・パンツァー 第5集 Ⅲ号突撃砲・Ⅳ号突撃砲・33式突撃歩兵砲編』(大日本絵画, 1995)

『スーパーディテールフォトブック Vol.6 Ⅳ号戦車F2/G型』(モデルアート, 2007)

『ミリタリーモデリングBOOK Ⅳ号戦車A~F型』(新紀元社, 2011)
『ミリタリーモデリングBOOK Ⅳ号戦車G~J型』(新紀元社, 2011)
『ミリタリーモデリングBOOK Ⅳ号自走砲』(新紀元社, 2012)

遠藤慧(画)『ミリタリーディテールイラストレーション Ⅳ号戦車G~J型』(新紀元社, 2013)

『Ⅳ号戦車G~J型 ディテール写真集』(新紀元社, 2015)

Carlos Caballero Jurado & Lucas Molina Franco "Panzer 4 : The Wehrmacht's armoured fist" (AF Editions)
→スペイン軍における4号戦車の運用についてはこの本を参照。

現存するⅣ号戦車については、以下を参照。
http://the.shadock.free.fr/Surviving_Panzer_IV.pdf

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メーベルワーゲンの初期型、後期型、最後期型
→安田征策氏によるメーベルワーゲン作例記事中の分類を参照
『モデルアート』 2001年6月号 P.77



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アルデンヌ戦のヴィルベルヴィント写真目録

1944年12月21日、ストゥーモン、聖エドゥアルドサナトリウムの前で撃破されたSS第1連隊第10対空戦車中隊のヴィルベルヴィント
→Timm Halwe, Roddy Macdougall, Simon Vosters, Hans Weber "Duel in the Mist 2: The Leibstandarte during The Ardennes Offensive" (Panzerwrecks,2012)P.25, 27,28

Timm Haasler, Simon Vosters, Hans Weber "Duel in the Mist 3: The leibstandarte during the Ardennes Offensive" (Panzerwrecks, 2014)P.105, 109

SS第1連隊第10対空戦車中隊、ヴォルトマンのヴィルベルヴィント
→Timm Haasler, Simon Vosters, Hans Weber "Duel in the Mist 3: The leibstandarte during the Ardennes Offensive" (Panzerwrecks, 2014)P.140, 141


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1945年のヴィルベルヴィントの写真目録

バラトン湖の戦い、ヴィルベルヴィント ソ連軍戦利品管理番号「91」
M・ズヴィーリン、O・バラノーフ、M・コロミーエツ、D・ニェドゴノーフ、小松徳仁訳『写真集 バラトン湖の戦い』P.55

バラトン湖の戦い、ヴィルベルヴィント ソ連軍戦利品管理番号「96」
M・ズヴィーリン、O・バラノーフ、M・コロミーエツ、D・ニェドゴノーフ、小松徳仁訳『写真集 バラトン湖の戦い』P.64

1945年3月、セーケシュフェヘールヴァール市地区 ヴィルベルヴィント「044」 ソ連戦利品管理番号「29」
『1945年のドイツ国防軍戦車部隊』(大日本絵画、2006) P.112

1945年5月、ベルリン ヴィルベルヴィント
『1945年のドイツ国防軍戦車部隊』(大日本絵画、2006) P.91

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上部転輪が3個のⅣ号戦車J型最後期生産型写真目録

1945年4月、ケーニヒスベルク
『1945年のドイツ国防軍戦車部隊』(大日本絵画、2006) P.112


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(B)模型

(1)メーカー刻印の入ったタイヤ

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↑左から、Dragon 6264、Tristar 35048、Tristar 35014

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↑Dragonのタイヤ幅75mm転輪の刻印はCONTINENTAU

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↑Tristar 35048=タイヤ幅90mm転輪の刻印はSEMPERIT

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↑Tristar 35014=タイヤ幅75mm転輪の刻印はCONTINENTAL

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(2)転輪のサイズ差

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↑Dragon 6264=タイヤ幅75mm転輪はサスペンションに挿す転輪の方が薄く、予備転輪の方が厚い。

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↑Tristar社のⅣ号転輪は、35048はゴムタイヤ幅90mm転輪、35014はゴムタイヤ幅75mm転輪である。

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Tamiya 35181=35209=ゴムタイヤ幅90mm転輪は、サスペンションに挿す転輪の方が厚く、予備転輪の方が薄い。
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(3)可動式サスペンション

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↑左から、Dragon 6264(可動式)、Tristar 35048=35014(可動式)、Tamiya 35181-35209(無可動1パーツ)

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Dragon 6264-A

Dragon社のⅣ号戦車のロードホイールは、タイヤ幅75mmのものも90mmのものも、
そのタイヤの刻印は"コンチネンタウ"製であることを示している。

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Tristar 35014, German Pz.Ⅳ Wheel Set

Ⅳ号戦車のホイールのタイヤ幅には二種類、初期の75mmと後期の90mmがある。
Tristar 35014は75mm幅を再現しており、タイヤの刻印はコンチネンタル製であることを示している。
なお、Tristar社の90mm幅転輪では、タイヤの刻印はゼムペリット製であることを示している。

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Ⅳ号戦車車体下部

Tamiya 35181-Lower Hull [Ⅳ号戦車H型、J型の車体下部]

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Dragon 6363-Lower Hull [Ⅳ号戦車G型の車体下部]

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by tokyomonogatari | 2012-03-16 14:08 | ドイツ軍史料メモ | Comments(0)

1/35 Ⅴ号戦車パンサー系列メモ (書き途中)

パンサー系列メモ

パンサーD型 824号車(1943年、クルスク)
→ソ連第1戦車軍第49親衛戦車旅団のB.V.ハーヴロヴィチ中尉のT-70に撃破、鹵獲された車輛
(マクシム・コロミーエツ(著)、小松徳仁(訳) 『東部戦線の独ソ戦車戦エース』(大日本絵画, 2009)P.116-117)

パンサー系列のクリーニングロッドケースの留め金形状
→留め金は一般的にはプラモデルでよく見受けられる枠状の引っ掛け金具であるが、
パンサーD型のクリーニングロッドケースの留め金には、スプリングの先端に引っ掛ける鉤状のものが付いているタイプも見受けられる。

Tamiya 35170-A [パンサーG型の足回り]

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Tamiya 35174-E [パンサーG型のスチールホイール]

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Dragon 6164-K&L [パンサーD型の足回り]

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Gunze Sangyo G-777=M-17-Lower Hull [パンサー砲兵観測車の車体下部]

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Dragon 6164-Lower Hull [パンサーD型の車体下部]

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by tokyomonogatari | 2012-03-12 10:46 | ドイツ軍史料メモ | Comments(0)

1/35 Ⅵ号戦車タイガーⅠ系列メモ(書き途中)

(1)文献資料

Thoman L. Jentz & Hilary L. Doyle "Germany's Tiger Tanks: D.W. to Tiger1: Design, Production & Modifications" (Schiffer Publishing Ltd. 2000)

Wolfgang Schneider "Tigers in Normandy" (Stackpole books, 2011)

Thomas Anderson "Tiger" (Osprey Publishing, 2013)

『グランドパワー2月号別冊 ティーガーⅠ(1) 虎のディテール』(デルタ出版, 2001)

トム・イェンツ、ヒラリー・ドイル、ピーター・サースン、向井祐子訳、高橋慶史監修『ティーガーⅠ重戦車 1942-1945』(大日本絵画, 2000)

遠藤慧『ミリタリーディテールイラストレーション ティーガーⅠ初期型』(新紀元社, 2013)

遠藤慧『ミリタリーディテールイラストレーション ティーガーⅠ中期/後期型』(新紀元社, 2015)

『ティーガーⅠ ディテール写真集』(新紀元社, 2015)

大里元氏によるタイガーⅠの研究
→「タイガーの一滴」記事目録を参照
http://tokyostory.exblog.jp/7315776/



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101重戦車大隊タイガーⅠメモ

007
→本来はハインツ・フォン・ヴェステルンハーゲン大隊長の搭乗車輌。8月8日にミヒャエル・ヴィットマンが搭乗。
後期型とするのが"模型的定説"であるが、
プシェミスワフ スクルスキ『WWII ドイツ装甲部隊のエース車両』(新紀元社, 2014)では中期型で描かれている。
現状、007号車の写真は一枚のみ。007の文字は車体に水平ではなく、やや斜めである。

008
→8月8日のドリンガーの搭乗車輌。
Schneider P.46

009
→この車両を写したモノクロ写真では、車輌番号のフチと中の色に差異があるように見える。
Dragon社は白フチ付き黄色であると解釈し、009号車のデカールとして印刷。
007号車にも白フチ付き黄色のデカールが選択肢として与えられている。
Schneider P.46, P.47

104

105

111
Schneider P.50

112
Schneider P.36, P.37

113

114

121
Schneider P.38, P.39, P.43

122
Schneider P.39

123

124

131
Schneider P.17

132

133

134

204

205
→ミヒャエル・ヴィットマンの本来の搭乗車輌。照準器穴ひとつ。
Schneider P.12, P.13

211
→ノルマンディ戦のタイガーⅠのうち、最も不思議な車輛。
211号は、6月に撮影されたN316道路上の写真では砲塔防盾の照準器穴がひとつであり、
車体に描かれている師団章も本来の第二中隊のマーキングシステムにならって、車体向かって左に師団章が配されている。
しかし、撃破後に撮影された写真では照準器穴がふたつになっており、車体向かって右に師団章が配されている。
照準器穴ひとつの車輛が損傷した後に、他の車輌に211の車輌番号が再び与えられた説と、
211号車の砲塔に、他の車輌の防盾と車体を組み合わせた再生車輌という説がある。
Schneider P.253, P.254, P.257

212
→バルタザール・ヴォル軍曹の搭乗車輛。
ヴィレル・ボカージュ戦でミヒャエル・ヴィットマンが搭乗したとされる車輛その1。

213

214

221
→6月に撮影されたモルニーに向かうN316道路上で撮影された三車輌の中の一輌。
Schneider P.13, P.271

222
→ゾーウァ軍曹の搭乗車輌。
ヴィレルボカージュ戦でミヒャエル・ヴィットマンが搭乗したとされる車輛その2。

223
Schneider P.268

224
Schneider P.12

231
Schneider P.41

231
→ニュースフィルム撮影時にミヒャエル・ヴィットマンが搭乗。故障時には2??号車に牽引されている。
Schneider P.14, P.15, P.41

Scheneider 2011では231号を牽引しているのは232号としているが、
232号の車体前面の師団章はツィンメリットコーティングをしていない長方形のスペースに施されているのに対して、
231号を牽引している車輛(P.41, P.42)はツィンメリットコーティングの上から師団章が描かれているように見える。

232
→照準器穴ふたつ。装填手ハッチは旧型。起動輪も初期型。
Schneider P.14, P.15

233
→中期型。

234
→シュティーフ軍曹の車輛。
ヴィレル・ボカージュ戦でミヒャエル・ヴィットマンが搭乗しようとするも、エンジン不調で222号に乗り換える。
(学研 『決定版[図説]ティーガー重戦車パーフェクトバイブル』 2006, P.40)

304
→中期型。
Schneider P.11, P.256

305

311
→中期型。
Schnerider P.8, P.11

312
→8月8日のイ―リオンの搭乗車輌。

313
Schneider P.7

314

321

322

323
Schneider P.9, P.10

324

331
→中期型。
トーマス・アムゼルグルベーア少尉またはエルヴィン・アシュバッハの搭乗車輛。
Schneider P.9

332
Schneider P.268

333

334
→中期型。
Schneider P.58, P.59, P.60, P.61

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(註)
Wolfgang Schneider, "Tigers in Normandy" (Stackpole Books, 2011)

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by tokyomonogatari | 2012-03-12 10:22 | ドイツ軍史料メモ | Comments(0)