カテゴリ:ソヴィエト軍史料メモ( 13 )

ソヴィエト軍軍装ノート(書き途中)

第二次大戦期のソヴィエト軍ヘルメット

(1)1936年型ヘルメット Model 1936 Helmet
→ノモンハン事件時のヘルメット。内装の写真はPhilippe Rio (2011) P.48参照。

ノモンハン事件時のソヴィエト軍将校には迷彩ヘルメットカバーを装着している事例も見受けられる。
ex.マクシム・コロミーエツ (2005) P.95
ただし、アメーバパターンの迷彩ヘルメットカバーは1938年初頭に採用されたが、普及はしなかった*。

(2)1940年型ヘルメット
→インナーを留めるリベットの数が3個のものを1939年型ヘルメットとし、リベットが6個のものを1940年型ヘルメットと細目分類する場合がある。
一般的にはグリーンに塗装されていたが、海軍に支給されたものはグレーであった**。

(2-a)1939年型ヘルメット Model 1939 Helmet
→インナーを留めるリベットの数が3個。内装の写真はPhilippe Rio (2011) P.48参照。

(2-b)1940年型ヘルメット Model 1940 Helmet
→インナーが3パーツの布で構成され、リベットの数が6個。内装の写真はPhilippe Rio (2011) P.49参照。

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(註)
*Philippe Rio (2011) P.49
**Philippe Rio (2011) P.49
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第二次大戦期のソヴィエト軍帽子類

(3)ピロトカ略帽 The Pilotka
→Philippe Rio (2011) P.51-52を参照。

(4)軍帽 The Service Cap→1924年型と1935年型がある。Philippe Rio (2011) P.53-55及びLaszlo Bekesi (2006) P.111-113を参照。

(5)ブジョンノフカ帽 The Budionovka
→Philippe Rio (2011) P.56-57を参照。

ブジョンノフカ帽は、シュレム帽とも言う。

石山俊浩(監修),アナクロニズム45(著)『第二次世界大戦軍装ガイド 1939-1945』
P.66によれば、シュレム帽は1943年頃まで使用された。


(6)パナマ帽 The Panama Hat
→Philippe Rio (2011) P.57及びLaszlo Bekesi (2006) P.68-69を参照。

コーカサス地方や満州など、熱帯地の兵士に支給された帽子。
ノモンハン事件時のBA装甲車クルーの多くが着用。
→マクシム・コロミーエツ(2005)の写真を参照。

第二次大戦期の1/35インジェクションフィギュアにはパナマ帽が与えられたことはないが、戦後のソヴィエト兵フィギュアにはしばしば与えられており、そこから流用が可能。

パナマ帽を含むソヴィエト軍兵士フィギュア索引

Tamiya 89779 [ソビエト現用歩兵アフガン戦争]
http://tokyostory.exblog.jp/11712232/

ICM 35501 [1979-1988年、アフガニスタン紛争のソヴィエト軍特殊部隊兵士]
http://tokyostory.exblog.jp/25067546/

Dragon 3002 [ソヴィエト・スペツナズ]
http://tokyostory.exblog.jp/15395314/

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足布 ポルチャンキの巻きつけ方
→石山俊浩(監修),アナクロニズム45(著)『第二次世界大戦軍装ガイド 1939-1945』(新紀元社, 1996) P.72を参照。

第一次・第二次大戦期ソヴィエト軍軍装文献資料目録

Nik Cornish "The Russian Army 1914-1918" (Osprey Publishing, 2001)

Nigel Thomas "Armies of the Russo-Polish War 1919-21" (Osprey Publishing)

Nigel Thomas "World War Ⅱ Soviet Armed Forces (1) 1939-41" (Osprey Publishing, 2010)

Nigel Thomas "World War Ⅱ Soviet Armed Forces (2) 1942-1943" (Osprey Publishing, 2011)

Nigel Thomas "World War Ⅱ Soviet Armed Forces (3) 1944-45 (Osprey Publishing, 2012)

Laszlo Bekesi, "Stalin's War, Soviet Uniforms & Militaria 1941-45 in Color Photographs"(Crowood Press Ltd, 2006)

Philippe Rio, "The Soviet Soldier of World War Two" (Histoire & Collections, 2011)

石山俊浩(監修),アナクロニズム45(著)『第二次世界大戦軍装ガイド 1939-1945』(新紀元社, 1996)

上田信『ドイツ陸軍戦史 WEHRMACHT』 (大日本絵画, 2001)

上田信『日本戦車隊戦史[鉄獅子かく戦えり] 』 (大日本絵画, 2005)

マクシム・コロミーエツ 『ノモンハン戦車戦』 (大日本絵画, 2005)

軍服事典製作委員会編 『萌え萌え軍服事典』 (イーグルパブリッシング, 2009)
by tokyomonogatari | 2012-03-20 23:28 | ソヴィエト軍史料メモ | Comments(0)

BT戦車系列ノート (1:文献史料)

(1)文献資料

(1-0)先行研究、史料

『パンツァー 1988年4月号』(No.168, サンデーアート)
→P.48-62 吉村誠「BT高速戦車シリーズ」
 P.63-65 松井茂[[BT戦車とノモンハン事件」
 P.56に速水彗 BT-7モデル1937の左側面図、織り込みにBT-7(モデル1935)高速戦車の四面図を収録

『グランドパワー 1995年6月号』(No.013 デルタ出版)
→「特集: BT/T-34戦車(1)」
 高田裕久氏によるBTおよびT-34の解説。
P.60で「BT-7Mは1939年8月の第二次ノモンハン事件より実戦に投入された」としている。

『グランドパワー 2002年10月号』(No.101 デルタ出版)
→「特集: BT快速戦車シリーズ(1)」

『グランドパワー 2002年11月号』(No.102 デルタ出版)
→「特集: M26重戦車パーシング」
 第2特集で古是三春氏による「BT快速戦車シリーズ(2)」

 ノモンハン事件へのBT-7Mの投入・非投入問題について、
「12月から軍にBT-7Mが引き渡されたとするなら、ノモンハン事件にディーゼルエンジン搭載型の「火炎瓶に強い」BTが存在するはずがないではないか」(P.118)としている。
 
 辻密男(2000)で書かれているように、火炎瓶に対抗し得るBTが現れたこと、は、ディーゼルエンジン搭載車輛の登場と必ずしも等号を結びえない。
 古是は『ノモンハンの真実』(産経新聞出版, 2009) P.239では、
 「結論的にいうなら、ディーゼル機関搭載のBT戦車は、ノモンハンの戦場に投入されなかったといえる。少なくとも大量には用いられていない。」としている。
 

『グランドパワー 2010年9月号』(No. 196, ガリレオ出版)
→「特集: ソ連BT戦車シリーズ」
 BT戦車についての日本語書籍として必読。

「BT戦車ディテール・イラストレイテッド」『マスターモデラーズ Vol.1』(芸文社, 2001)P.81-83
→『グランドパワー 2010年9月号』に掲載されているBT系列イラストの元となったものが収録されている。
解説・イラストは佐藤幸司氏。
『GP 2010年9月号』とは名称が若干異なっており、
GP誌で「BT-5 初期の砲塔」としている型式のものを「1933年型」とし、
GP誌で「BT-5標準型砲塔」としている型式のものを「1934年型」としている。

グランドパワー2011年12月号別冊 第2次大戦 ソビエト軍戦車Vol.1 [軽戦車/中戦車]
→高田裕久氏によるBT戦車系列の記事が収録されており、必読。

マクシム・コロミーエツ『ノモンハン戦車戦』(大日本絵画, 2005)
→ノモンハン事件の写真が多く収録された和書として必読。

Military Chronicle, "Kharlhin Gol" (2001)
→ロシア語文献であるが、他のノモンハン事件関連本で見受けられない写真を多く収録。
写真のキャプションの「月」の記述がマクシム・コロミーエツ(2005)とは異なることが多い点を留意。

Mikhail Baryatinskiy, "Russian Armour Volume 2, Light Tanks" (Ian Allan, 2006)
→BT戦車を含むソヴィエト軍軽戦車を網羅したまとまりの良い本。
ノモンハン事件のBT-7の写真は掲載されていないが、1945年8月、満州におけるソヴィエト軍のBT-7 1937年型の写真がP.55に掲載されている。

(web資料)
BT-5の写真集
http://www.primeportal.net/tanks/yuri_pasholok/bt-5/

BT-42の写真集
http://www.armorama.com/modules.php?op=modload&name=Sections&file=index&req=viewarticle&artid=4333

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モンハン事件へのBT-7M(ディーゼルエンジン搭載)の投入・非投入問題

ノモンハン事件にディーゼルエンジン搭載のBT-7Mが投入されたか否かは、意見が分かれており、
未だに決着していない。


上田信『日本戦車隊戦史』(大日本絵画,2005)
→P.17-24にノモンハン事件のページあり。

上田(2003) P.23には、「ソ連軍は途中からこのディーゼルエンジン装備のBT-7Mの部隊を派遣した」とあるが、
BT-7Mの試験車輛が完成したのは1939年6月であり、9月5日に生産が発令され、12月に最初の量産車体が引き渡された*とすると、
ノモンハン事件には間に合わない。

ノモンハン事件に関する古典的最重要必読学術論文が、
アルヴィン・D・クックス『ノモンハン 草原の日ソ戦―1939』(朝日新聞社, 1989)
であるが、下巻P329には、
「ガソリンエンジンをつけた高速のBT七M型戦車は、ジューコフが非難したとおり引火しやすく、事実、七月には日本軍が簡単に着火させていたが、その後優秀なV2ディーゼルエンジン装備の大量生産型に代わると、日本軍歩兵の火炎瓶では対処できなくなってしまった。」
とある。
文意に沿おうとすると、ガソリンエンジン搭載の初期生産のBT-7M**がノモンハンにまず投入され、
後にV-2ディーゼルエンジンを搭載したBT-7Mがノモンハンに投入されたことになる。

また、下巻P.335では、歩兵第二十八連隊第二大隊長梶川少佐作成の戦訓を引用し、
「ディーゼルエンジン搭載の戦車」には火炎瓶の「使用効果がなかった」ことを記載している。

小松原道太郎日記 昭和14年8月22日
「新に現出せる戦車はガソリン車にはあらず。サイダ壜を以て肉薄攻撃するも効果なく、我軍をして失意せしめたり。」

第一大隊第二機関銃中隊長 高田清美大尉の証言
「七月四日の夕方から夜にかけて戦車は繰り返し攻撃して来ました。それに対して、こちらは火炎ビンを投げる肉薄攻撃を敢行したのですが、排気管にガソリンがかかると面白いほど燃えましたね。もっともソ連はすぐ火炎ビンの通用しない戦車に切り替えましたが、最初の対戦車攻撃では実にすばらしい戦果を上げました。―」***

沼田上等兵の証言
「はじめは火焔瓶で面白いように燃えた。しかし、あれは窮余の一策だね。まともな戦法じゃない。」****

五味川純平 『ノモンハン』 (文藝春秋, 1975) P.70
「日本軍とソ連軍では、戦闘に対処する配慮の密度がまるでちがっていたようである。
ソ連は、たとえば、戦車を火焔瓶で焼かれると、発火しにくいディーゼル・エンジンの戦車を直ぐに繰り出して来たという。」

五味川 (1975) P.310
「サイダー瓶を叩きつけても燃えない戦車が現れたといって、あわてて速射砲をかき集めるような司令部には、現代の戦闘を組織する能力は全くなかったといってよい。」

朝日新聞社「写真が語る戦争」取材班 『朝日新聞の秘蔵写真が語る戦争(朝日新聞出版, 2009)
P.44に掲載されたBT戦車のキャプションで、
「7月初旬の交戦時、ソ連の戦車はガソリンエンジンだったため、日本兵が捨て身で投げつける火炎瓶で多数が炎上した。8月には大部分が発火しにくいディーゼルエンジンに切り替えられたため、日本側の損害は大きくなった」
としている。

森山康平 『はじめてのノモンハン事件』(PHP新書, 2012)
→P.251で、「しかしソ連戦車は、すでに火炎瓶ではなかなか燃えなかった。ガソリンエンジンからディーゼルエンジンに切り替わっていたからである。」
と記述している。

クックスの学術論文や、第二十三師団長小松原道太郎の日記、及び日本兵の証言から、
ディーゼルエンジン搭載のBT-7Mはノモンハンに投入されている、
と確定したいところなのであるが、
「BT-7Mはノモンハンに投入されていない学派」も存在する。


古是三春『日ソ戦車戦の実相 ノモンハンの真実』(産経新聞出版, 2009)
→P,239で、BT-7Mについて、エンジンとそれを搭載した車輛の生産時期から、
「結論的にいうなら、ディーゼル機関搭載のBT戦車は、ノモンハンの戦場に投入されなかったといえる。少なくとも大量には用いられていない。」
としている。

ここで注意しておきたいのは、火炎瓶で燃えない戦車が登場したことが、
ディーゼルエンジン搭載の戦車が登場したこと、と必ずしもイコールではないことである。


辻密男 『ノモンハンとインパール』(旺史社, 2000) P.126では、次のように記述されている。
「敵が考えたのは消音器が加熱するのを防ぐことである。火砲を余り持たぬのを幸いに、日本軍陣地前の所で、充分に消音器を冷却して、日本軍を陣地攻撃する戦法で、これで火焔瓶を投げても発火しなくなったのである。また、消音器の上に防御装置を設けた戦車もあったという。」

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(註)
*『グランドパワー 2010年9月号』(No. 196, ガリレオ出版) P.72-73
「V-2を搭載したBT-7はBT-7M(Mは改良型の意味)と呼称され、まず1939年6月に2輌が試験用に引き渡され。その後9月5日に生産が発令され、12月に最初の量産車体が引き渡された。」

**『グランドパワー 2010年9月号』(No. 196, ガリレオ出版) P.73によれば、BT-7Mのうち、1940年生産分のうち72輌はガソリンエンジンが搭載され、NKVD部隊向けに生産されたとのことである。

『グランドパワー2011年12月号別冊 第2次大戦 ソビエト軍戦車Vol.1 [軽戦車/中戦車]』(ガリレオ出版,2011)P.54では、
BT-7Mは、「1938年から1940年まで生産され」たとし、
「M.コロミーエツによれば、BT-7Mは生産数が比較的少ないため、全車の部隊配備先が明らかになっているそうである。」としている。
1938年から生産されたとなれば、"BT-7M"はノモンハンに間に合い得るが、ディーゼルエンジン搭載のBT-7Mが投入されたかどうかは判然とせず、
M.コロミーエツの言う全車の部隊配備先を示した史料を閲覧したいところである。

***御田重宝 『人間の記録 ノモンハン戦 攻防篇』(徳間文庫, 1989) P.192

****五味川純平 『ノモンハン』 (文藝春秋, 1975) P.26
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ノモンハン事件に投入されたソヴィエト軍車輛とそのエンジン一覧

(1)AFV車輛

T-20 コムソモーレツ装甲牽引車
→GAZ-M 4気筒水冷ガソリンエンジン

T-37
→GAZ 4ストローク直列4気筒水冷ガソリンエンジン

T-26
→GAZ T-26戦車用水平型4気筒空冷ガソリンエンジン (アームストロング・シドレイ水平型4気筒空冷ガソリンエンジンのコピー)

KhT-26
→GAZ T-26戦車用水平型4気筒空冷ガソリンエンジン (アームストロング・シドレイ水平型4気筒空冷ガソリンエンジンのコピー)

KhT-130
→GAZ T-26戦車用水平型4気筒空冷ガソリンエンジン (アームストロング・シドレイ水平型4気筒空冷ガソリンエンジンのコピー)

BT-7 1935年型
→M-17T 4ストロークV型12気筒水冷ガソリンエンジン

Bt-7A
→M-17T 4ストロークV型12気筒水冷ガソリンエンジン

BT-7 1937年型
→M-17T 4ストロークV型12気筒水冷ガソリンエンジン

BT-7M
V-2ディーゼルエンジン

(2)装甲車、ソフトスキン車輛

FAI装甲車
→GAZ-A 4ストローク直列4気筒液水冷ソリンエンジン

BA-3装甲車
→GAZ-AA 4ストローク直列4気筒水冷ガソリンエンジン

BA-6装甲車
→GAZ-MM 4ストローク直列4気筒水冷ガソリンエンジン

BA-6M装甲車
→GAZ M1 4ストローク直列4気筒水冷ガソリンエンジン

BA-10装甲車
→GAZ-MM 4ストローク直列4気筒水冷ガソリンエンジン

BA-20装甲車
→GAZ M1 4ストローク直列4気筒水冷ガソリンエンジン

BA-20M装甲車
→GAZ M1 4ストローク直列4気筒水冷ガソリンエンジン

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ノモンハン事件での日本軍による火炎瓶の初使用

小沢親光『ノモンハン戦記』(新人物往来社, 1974)
→P.34で日本軍が火炎瓶を初めて使用した戦闘を、5月29日としている

マクシム・コロミーエツ(著)、小松徳仁(訳)、鈴木邦宏(監修)『ノモンハン戦車戦』(大日本絵画, 2005)
→P.11で5月28日から5月29日の戦闘時に岡野一等兵他2名の兵が棄てたガソリン缶を踏みつけた戦車が炎上したことをきっかけに火炎瓶の使用が広まったとし、この際に攻撃の対象となった戦車はT-37としている。

野砲兵第十三連隊 岡野勝馬一等兵の証言****
「ある日トラックで斥候に出てソ連軍の戦車に囲まれたことがありました。トラックと戦車では戦争になりませんから逃げ回っている間に追い詰められたんです。トラックの荷台には予備のガソリンかんが積んでありますが、追い詰められてやけくそになり、トラックの上からガソリンかんを転がしたんですね。それが戦車にまともに当たり、戦車が火だるまになりました。」

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(註)

****御田重宝 『人間の記録 ノモンハン戦 攻防篇』(徳間文庫, 1989) P.228
該当する部分は森山康平 『はじめてのノモンハン事件』(PHP新書, 2012 )P.139にも引用されている
M・コロミーエツ(2005)の記述は岡野証言を基にしていると推断されるが、火炎瓶攻撃の対象がT-37であることや、その際に他2名の兵が同行していたかは断定できない。
M・コロミーエツ(2005) P.11の「1977年に明らかになったところによると」という文章は、
徳間文庫版の原著、御田重宝『人間の記録 ノモンハン戦 攻防篇』(現代史出版会, 1977)の刊行を指していると推断される。

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ノモンハン事件におけるソ連軍戦車の炎上

小沢親光(1974) P.64に、「擱座炎上した敵戦車も、内部に貯蔵した銃砲弾と、塗装された可燃性の塗料のため、少なくとも五、六時間は燃え続けたが、それをすぐ敵の牽引車が出てきて、どこかに運び去った、」
とある。

森山康平(2012) P.137では、「戦車は燃え尽きるまでに一時間前後かかったが、一晩中くすぶっているものもあった。」
と記述されている。

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1939年ノモンハンで日本兵にハンカチを振り降伏する「あの写真」のBT戦車のソヴィエト軍戦車兵の名前

岩城成幸『ノモンハン事件の虚像と実像 日ロの文献で読み解くその深層』(彩流社) P.126-127に名前あり。
ハンカチを振るのはA・I・ゲラシモフであり、運転席ハッチから身を乗り出しているのはA・D・ブルニャーショフ、
写真に写っていない搭乗員の名前はD・V・チュルコフである。

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BT戦車模型作例記事目録

『ミリタリーディオラマワークショップ』(イカロス出版, 1998)
P.23-30 BT-5(1/35、Zvezda)と九五式軽戦車(1/35, Fine Molds)
→金子辰也 ノモンハン事件の情景 "Summer 1939"
BT-5の履帯には噛み合わせ部が少ない前期型が用いられている。

『マスターモデラーズVol.1』
根立淳 BT-2(1/35, マケット)とBT-7 1935年後期型(1/35, イースタンエキスプレス)

『マスターモデラーズ Vol.59』
フランシスコ・ホセ・ピノス・カブレラ BT-5 1934年型(1/35, ズベズダ)、
七星明 BT-7 1937年初期生産型(1/35, イースタンエキスプレス)

『ミリタリーモデリングマニュアル23』(ホビージャパン, 2011)
P.50-54 森真一 BT-7 1935年型(1/35, Tamiya)
P.55-57 青木周太郎 BT-7 1935年型(1/35, Tamiya)
P.58-61 山田卓司 BT-7 1935年型(1/35, Tamiya)
P.62-65 王徳方 BT-7 1935年型(1/35, Tamiya)

(1-1)BT-7戦車の図面、イラスト、写真等史料目録

BT-7 1935年型の四面図
→『グランドパワー 2010年9月号』 P.97

BT-7 1937年型・初期生産車の四面図
→『グランドパワー 2010年9月号』 P.98

BT-7 1937年型・後期生産車の四面図
→『グランドパワー 2010年9月号』 P.99

BT-7の1935年型砲塔。1937年型初期砲塔、1937年型後期砲塔、45mm砲の1938年型仕様のイラスト
→『グランドパワー 2010年9月号』 P.91

1935年型砲塔はその形状から円筒形砲塔=Cylindrical Turretと称される。
1935年型砲塔は和書では馬蹄形砲塔と称されることも多い。
1937年型砲塔はその形状から円錐型砲塔=Conical Turretと称される。
1937年型砲塔のことを1938年型砲塔と呼称する場合があるが、今日では1937年型と呼ぶのが一般的である。

45mm戦車砲モデル1932の図面
→『グランドパワー 2010年9月号』 P.68 左側面図と上面図と後面図
→『グランドパワー 2014年6月号』 P.50 左側面図と上面図

※T-26も45mm砲を搭載している。
現存するT-26の一覧については、
http://the.shadock.free.fr/Surviving_T26.pdfを参照。

(1-2)ノモンハン事件時のBT戦車について

ノモンハン事件のBT-7 1937年型の写真目録

マクシム・コロミーエツ『ノモンハン戦車戦』(大日本絵画, 2005)

P.69「1939年8月、第6戦車旅団第1戦車大隊長V・A・コプツォーフ大尉の200号」(イラスト)
→砲塔後部の機銃があるタイプで描かれている。

P.98「1939年7月12日、ハルハ河を東岸に渡河する第11戦車旅団のBT-7 1937年型」
→砲塔のハッチの形状が左右同形状のタイプである。

P.105「1939年8月、第11戦車旅団のBT-7 1937年型」
→砲塔後部の機銃らしきものが辛うじて確認できる。

P.107「1939年8月、第6戦車旅団の、BT-7 1937年型」
→砲塔後部の機銃の存在が明瞭に確認できる。

P.113「1939年8月、第6戦車旅団のBT-7 1937年型」
→履帯のタイプが明瞭に確認できる。噛合い部の歯数が少ない後期型履帯である。

P.115「1939年8月、第6戦車旅団のBT-7 1937年型」
→履帯は噛合い部の歯数が少ない後期型履帯である。
BT戦車シリーズの履帯の初期型・後期型については『グランドパワー2010年9月号』P.84を参照。

P.123上「1939年8月、第6戦車旅団のBT-7 1937年型」
→砲塔の左右のハッチが同形状のタイプ。

P.123下「1939年8月30日、V・コプツォーフ大尉のBT-7 1937年型 200号」
→砲塔の左右のハッチが同形状のタイプ。砲塔後部の機銃の存在が明瞭に確認できる。
履帯は噛合い部の歯数が少ない後期型履帯である。砲身基部に野戦用サーチライトがある車輛。

古是三春「ノモンハンの真実 日ソ戦車戦の実相』(産経新聞出版, 2009)

P.170「第11戦車旅団のBT-7 1937年型」
→履帯は噛合い部の歯数が少ない後期型履帯。砲塔後部の機銃は確認できない。

Military Chronicle, "Kharlhin Gol" (2001)

表紙及びP.2 「1939年5月下旬ハルハ地方、BT-7 1937年型」
→車体後部の箱が存在。砲塔後部の機銃も明瞭に確認できる。
履帯は噛合い部の歯数が少ない後期型履帯。

P.7 「1939年5月、第11戦車旅団のBT-7 1937年型」
→砲塔後部の機銃が辛うじて確認できる。

P.8 「1939年5月、第11戦車旅団のBT-7 1937年型」
→砲塔後部の機銃が明瞭に確認できる。砲塔右側面二か所に四角い板が貼り付けられている。

P.10 「1939年5月、第11戦車旅団のBT-7 1937年型」
→砲塔右側面二か所に四角い板が貼り付けられており、P.8の写真と同一車輛だと思われる。

P.12 「1939年5月、第11戦車旅団のBT-7 1937年型」
→砲塔後部の機銃が確認できる。

P.13 「1939年6月、第11戦車旅団のBT-7 1937年型」
→砲塔右側面二か所に四角い板が貼り付けられており、P.8,10の写真と同一の車輛だと思われる。

P.21 「1939年6月、第11戦車旅団のBT-7 1937年型」
→戦車兵三人のうち、左端の人物はP.13と同一人物の戦車長であろうと思われる。
後ろの車輛はP.13の車輛と明らかに同一である。

P.25 「1939年7月、偽装したBT-7 1937年型」


P.36上 「1939年7月、第11戦車旅団のBT-7 1937年型」
→砲塔右側面二か所に四角い板が貼り付けられている車輛。砲塔後部の機銃が確認できる。

P.36下 「1939年7月、第11戦車旅団のBT-7 1937年型」
→砲塔後部の機銃が確認できる。

イラストページ P.Ⅱ「1939年8月、第6戦車旅団のBT-7 1937年型」
→丸に47のマーキング。砲塔天面に機銃を設けたタイプで描かれている。

P.69上 「1939年8月、第11戦車旅団のBT-7 1937年型」
→砲塔後部の機銃が辛うじて確認できる。

P.69下 「1939年8月、第6戦車旅団のBT-7 1937年型」
→写真手前の二輌のBT-7 1937年型のうち、右側の車輛に丸に数字のマーキングが見える。
この写真を基に描かれたのがイラストページの「丸に47号」であろうが、
「47」ではなく、「41」のようにも見える点を留意。

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ノモンハン事件におけるソヴィエト軍戦車の全損または大修理数*

T-26 8輌
KhT-26 10輌
KhT-130 2輌

BT-5 157輌
BT-7 9輌

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(註)
*『グランドパワー 2014年6月号』 P.83
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BT-42メモ

「BT-42戦車」
『グランドパワー 2006年12月号』(ガリレオ出版, No.151) P.132-14
by tokyomonogatari | 2012-03-05 03:02 | ソヴィエト軍史料メモ | Comments(0)

BT戦車系列ノート (2:模型)

(2)模型

(2-1)BT-7用メタル砲身 Metal Barrels for BT-7s

(2-1-1)RB Model 35B73, Soviet 45mm 20-K.m.1942

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(2-1-2)Passion Models P35-053, 45mm 20K mod. 1932 金属砲身 & DT MGセット [タミヤ35309用]
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(2-1-3)Aber 35L-112, Soviet 45mm 20 K tank barrel for BT-7 model 1934
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(2-1-4)Fine Molds MG38, ソ連軍 45ミリ 20K 1932年型 戦車砲砲身
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Plastic Barrels

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↑Easrern Express/Ark Models BT-7M

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(2-2)野戦用サーチライト Search LIghts

Eastern Express BT-7M
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(2-3)BT戦車系列足回りパーツ BT Tank Wheels

Tamiya BT戦車系列の足回り Tamiya BT-7s Wheels

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第一転輪 1st Road Wheels

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↑外側ロードホイールは六角ボルトが二段。
 
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↑内側ロードホイールは六角ボルトが一段。
 第一転輪内側の六角ボルトはTamiya 35309のディテール写真カラーリーフレットの写真で、一段で良いと判る。ここは削ぎ取って二段の六角ボルトに差し替えなくても良い部分。

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↑第一転輪大型ハブキャップの小六角ボルトはやや角が甘い。拘るならば角が出ている六角ボルトに挿げ替えたいところ。


第2,3,4転輪 2nd, 3rd, 4th Road Wheels

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↑外側ロードホイールの六角ボルトは二段。
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↑内側ロードホイールの六角ボルトは一段。

転輪パーツの内側 Core Side of Road Wheels

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↑A21とA22には4ヶ所押し出しピンを受けるための凸形状が敢えて設けられていると推測され、この半円柱状の出っ張りは実車には存在しないと思われる。
 転輪の外側と内側を接着した後は、よっぽどこの部分に注視しなければ見えない部分とはいえ、気になる人は切削しておいた方が良さそうである。

転輪ハブキャップ Road Wheel Hub Caps

角張っているタイプの転輪ハブキャップ Hub Cap Type A
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↑六角ボルトの角が見えず、おそらくは円柱形状で設計されているように見えるが、このサイズで二段の形状になっているのは感動的である。
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↑こちらも二段。

丸みがあるタイプの転輪ハブキャップ Hub Cap Type B
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↑丸みがあるタイプのハブキャップでは、六角ボルトが一段に単純化されているように見える。
ただ、このサイズだと肉眼で一段か二段かの判断は難しく、どうしても二段にしたい人は、径に大きく差を付けながら作り直すのが良いと思う。
ボルトの中心に微小な窪み(おそらくヒケではなく金型加工時の痕跡)があるが、サフを吹けば埋まりそう。
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↑こちらもおそらく一段。

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起動輪 Sprocket Wheels

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↑ボルト形状。一番小さいボルトは円柱形状となっているため、意識の高いモデラーは六角ボルトに差し替えるべき部分。

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誘導輪 Idler Wheels

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Panzer Art RE35-016, Burn Out Wheels for Soviet BT-7 Tank

ポーランドの模型メーカー、Panzer Art社がリリースしている、転輪ゴム部分が焼け落ちた状態が表現されたレジン製ホイール。
形状はTamiya社のものに酷似しており、内側の小径押し出しピンを4点受ける形状もそのままである。

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Eastern Express=Ark Models BT-7 Wheels

Eastern Express及びArk Modelsブランドで売られているBT戦車系列の足回りパーツ

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第1転輪 1st Road Wheels

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↑Tamiyaの第一転輪では外側の六角ボルトは二段、内側は一段で彫刻されているが、Eastern Expressでは外側も内側も二段の形状である。

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第2,3,4転輪 2nd, 3rd, 4th Road Wheels

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転輪ハブキャップ Road Wheel Hub Caps

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起動輪 Sprocket Wheels

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誘導輪 Idler Wheels

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(2-2)履帯 Tracks

BT戦車シリーズの履帯の初期型・後期型については『グランドパワー2010年9月号』P.84を参照。

Tamiya BT系列後期型履帯

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↑地面に接する履帯=D1の裏側。

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↑転輪の上を通る履帯=D7の裏側。

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Eastern Express BT系列後期型履帯

Eastern Express=Ark ModelsのBT系列履帯はセンターガイド裏の凹みが存在せず、平たいままである。

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The Show Modelling 059 [BT-5用エッチング]
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Tamiya 35309 BT-7 (1935年型)エッチング
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Tamiya 35316 BT-42 エッチング
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by tokyomonogatari | 2012-03-05 02:42 | ソヴィエト軍史料メモ | Comments(0)

T-26軽戦車メモ(書き途中)

T-26軽戦車の文献資料

Steve Zaloga "The Soviet T-26 in the Spanish Civil War" (Military Modelling Vol.28 No.18 1998) P.18-25
→Italeri=ZvezdaのT-26をスペイン内戦時の1937年型として作成する記事。
 同キットの問題点などが指摘されており、必読。

Miroslav Baric, Mike Collins "T-26 Variants In Detail" (Wings & Wheels Publications, 2013)
→T-26軽戦車の写真集

グランドパワー2014年6月号(No.241)
→特集「ソ連軍T-26軽戦車」

Steven J. Zaloga "T-26 LIGHT TANK, Backbone of the Red Army" (Osprey Publishing, 2015)

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T-26の製造年による形式分類は後世の戦車研究家によるもので、
当時は「双砲塔」と「単砲塔」の形式分類のみであった*。

無線機を装備している車輛をRadiyniy Tank=Radio Tanks=「無線型」と呼称し、
無線機を装備していない車輛をLineyniy Tank=Line Tanks=「前線型」と呼称する**。

製造年による形式分類

1931年型 
→双砲塔搭載型 Twin Turret

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1933年型 
→45mm馬蹄形単砲塔 45mm Cylindrical Single Turret

T-26 1933年型は、71-TK-1無線機を搭載した、T-26RT 1933年型=T-26TU 1933年型が平行して生産された。

(1)砲塔部分

当初は溶接タイプの防盾カバーであったが、1935年ごろからはプレスタイプの防盾カバーとなった。
砲身の俯仰角度は-8度から+25度。
搭載された戦車砲は当初は45mm戦車砲M1932であったが、1935年***からは45mm戦車砲M1932/34が装備された。
1935年に砲塔の製造に電気溶接が全面的に導入された

砲塔後部のピストルポートも廃止され、球形銃架が装備される。
砲塔上面のハッチも最終生産型では角形から円形ハッチに変更された。。****

(2)車体部分

1934年にリーフスプリングの厚みが5.5mmから6mmとなる。
1935年に車体の製造に電気溶接が全面的に導入された。


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1935年型


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1937年型
→Steve Zalogaによる分類。
ZalogaがMilitary Modelling Vol.28 No.18 1998で作例にした形式。
新型の戦車長ハッチに機関銃のリングマウントが装着されているタイプ。

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1938年型
→45mm円錐形単砲塔・鉢巻アンテナ付き 45mm Conical Single Turret (with antenna)


(1)砲塔部分

72度に傾斜した円錐形砲塔。
溶接タイプの防盾カバーと、プレスタイプの防盾カバー(stamped mantlet cover)が存在。
1938年に製造されたT-26は全てが無線型=鉢巻アンテナ装備であった。

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1939年型
→45mm円錐形単砲塔 45mm Conical Single Turret

(1)砲塔部分

鉢巻アンテナからロッドアンテナに変更。

(2)車体部分

転輪ゴムフチの固定が着脱可能なボルト式になった。

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(註)
*Steven J. Zaloga "T-26 LIGHT TANK, Backbone of the Red Army" (Osprey Publishing, 2015) P.12
**Steven J. Zaloga "T-26 LIGHT TANK, Backbone of the Red Army" (Osprey Publishing, 2015) P.13
***斎木, P.56
 『グランドパワー2011年12月号別冊』P.34でも、1935年に溶接接合が導入されたとしている。。
 ただし、Zaloga(2015) P.12では1933年12月から製造開始とある。
****『グランドパワー2011年12月号別冊』P.34
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T-26の現存車輛

現存するT-26の一覧については、
http://the.shadock.free.fr/Surviving_T26.pdfを参照。

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T-26の模型キットについて

Steve Zalogaによれば、Italeri=ZvezdaのT-26は仕様がごちゃ混ぜになったキットである。
砲塔は1933年から1935年にかけての初期BT-5と同様の砲塔であり、砲基部カバーは初期の溶接タイプ。
車体は1935-1937年の装備品収納箱が付いた仕様で、
ラジエーターは火炎瓶に対抗するために改善された1937年以降の仕様が混合している。

ZalogaはMilitary Modelling Vol.28 No.18 1998でこの点を指摘し、スペイン内戦に投入された1937年型と彼が呼称する仕様で作例を製作している。
Zalogaによれば、T-26の1937年型とは戦車長のハッチが新型となり、機関銃のリングマウントが装着された形式である。
by tokyomonogatari | 2012-03-02 01:34 | ソヴィエト軍史料メモ | Comments(0)

BA装甲車系列メモ(書き途中)

ノモンハン事件BA装甲車系列写真目録

『ノモンハン戦車戦』(大日本絵画, 2005)P.36
→モンゴル人民革命軍第8騎兵師団装甲車大隊所属のBA-6。
砲身清掃中の写真。ハッチはほぼフルオープン状態。

『ノモンハン戦車戦』(大日本絵画, 2005)P.52
→1939年7月。ソヴィエト第7装甲車旅団所属のBA-6。

『ノモンハン戦車戦』(大日本絵画, 2005)P.53
→1939年7月、ソヴィエト軍第7装甲車旅団所属のBA-20無線型。

『ノモンハン戦車戦』(大日本絵画, 2005)P.53
→1939年7月、ハルハ川東岸、ソヴィエト軍第9装甲車旅団所属のBA-10。

『ノモンハン戦車戦』(大日本絵画, 2005)P.58
→1939年7月、ソヴィエト軍第8装甲車旅団所属のBA-20無線型とBA-10。

『ノモンハン戦車戦』(大日本絵画, 2005)P.67
→イラスト、1939年7月、ソヴィエト軍第9装甲車旅団所属のFAI軽装甲車。

『ノモンハン戦車戦』(大日本絵画, 2005)P.69
→イラスト、1939年7月、ソヴィエト軍第9装甲車旅団所属のBA-6装甲車。

『ノモンハン戦車戦』(大日本絵画, 2005)P.76
→ソヴィエト軍第9装甲車旅団コマローフ独立機関銃狙撃兵大隊長とFAI装甲車。

『ノモンハン戦車戦』(大日本絵画, 2005)P.77
→ソヴィエト軍第9装甲車旅団のP・F・モローズとBA-10装甲車。

『ノモンハン戦車戦』(大日本絵画, 2005)P.81
→戦車第4連隊の九五式軽戦車に牽引されるBA-20装甲車。
(BA-20M装甲車への移行期の折衷型)

『ノモンハン戦車戦』(大日本絵画, 2005)P.88
→1939年7月、第23師団捜索隊井置支隊が捕獲したBA-10装甲車。

『ノモンハン戦車戦』(大日本絵画, 2005)P.89
→1939年7月、日本軍に捕獲されたBA-20装甲車無線型。

『ノモンハン戦車戦』(大日本絵画, 2005)P.91

書き途中
by tokyomonogatari | 2012-03-01 01:06 | ソヴィエト軍史料メモ | Comments(0)

T-34系列ノート(書き途中)

(0)先行研究・文献

T-34 maniacs
http://homepage3.nifty.com/tsaoki/maniacs/t34/index2.htm
→T-34研究の泰斗による必読のweb記事。

T-34の現存車輛
http://the.shadock.free.fr/Surviving_T-34.76.pdf
http://www.massimocorner.com/afv/Surviving_Post-WW2_T-34.pdf

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文献

スティーヴ・ザロガ、ピーター・サースン、高田裕久訳『T-34/76中戦車』(大日本絵画, 2001)

スティーヴン・ザロガ、ジム・キニア、ピーター・サースン、高田裕久訳『T-34/85中戦車』(大日本絵画, 2002)

『グランドパワー2004年11月号』(No.126, ガリレオ出版)
→特集「ソ連軍中戦車T-34(2)
 P.32-103古是三春氏による記事。
 P.104-111 青木伸也氏による「生産工場ごとのT-34の外観的特徴」

『グランドパワー2011年12月号別冊 第2次大戦 ソビエト軍戦車 Vol.1 [軽戦車/中戦車]』(ガリレオ出版, 2011)
→T-34/76とT-34/85の製造年による形式分類についてはこの一冊。

『グランドパワー2012年2月号別冊 第2次大戦 ソビエト軍戦車 Vol.2 [重戦車/自走砲]』(ガリレオ出版, 2012)
→SU-85とSU-100とSU-122についてはこの一冊。

グルチェゴルツ・ヤコウスキ、マリウス・フィリピュク、セルゲイ・アニシモフ作画、プシェミスワフ・スクルスキ解説 『ミリタリーカラーリング&マーキングコレクション T-34』(新紀元社, 2014)

グルチェゴルツ・ヤコウスキ、マリウス・フィリピュク作画、プシェミスワフ・スクルスキ解説 『ミリタリーカラーリング&マーキングコレクション T-34-85』(新紀元社, 2015)

Rodrigo Hernandez Cabos & John Prigent "T-34/76 & T-34/85" (Osprey Publishing, 2001)
→Osprey Modelling Manualsシリーズの本。

Jorge Alvear, Mig Jimenez, Mike Kirchoff & Adam Wilder "Modelling the T-34/76" (Osprey Publishing, 2006)
→Osprey Modellingシリーズの本。

T-34 PANZER (Dorfler Zeitgeschichte)
→総ページ数96のモノグラフ。英語版とフランス語版もある。

Peter Kocsis "T-34 on the Battlefield, World War Two Photobook Series, Volume 1"

Jochen Vollert "Panzerkampfwagen T34-747(r): The Scoviet T-34 Tank as Beutepanzer and Panzerattrappe in German Wehrmacht Service 1941-1945" (Tankograd Publishing, 2013)
→ドイツ軍で使用されたT-34と訓練用及び欺瞞用デコイのT-34に関する本。総ページ数328。「ボイテもの」好き必読の本。

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T-34の形式分類

(1)第二次大戦当時の形式分類
→戦時中のソ連軍は76.2m砲搭載のT-34を「T-34]と呼び、85mm搭載のT-34を「T-34-85」と呼んでいた。
 ドイツ軍は外観の特徴から、T-34A、T-34Bとアルファベットによる名称で呼んだ.*

(2)後世の研究家による形式分類

T-34 1940年型
→30.5口径76.2mm戦車砲L-11を搭載したピロシキ型砲塔。
 砲塔天面のハッチは大型一枚。
 1940年9月15日から年末までに115輌が生産された。
 1941年からは鋳造砲塔を搭載した1940年型が登場。

T-34 1941年型
→初期生産車は76.2mm戦車砲F-32、後期生産車はF-34を搭載したピロシキ型砲塔。
 砲塔天面のハッチは大型一枚。
 1941年2月からハリコフ機関車工場で生産開始。
 1941年型はスターリングラード・トラクター工場(STZ)でも生産され、鋳造砲塔型と溶接砲塔型が生産された。

1941年7月、ハリコフ機関車工場(KhPZ第183工場)がウラル鉄道車輛製作工場(UVZ)への疎開を開始
→I.V.スターリン名称ウラル戦車工場(UTZ第183工場)を形成する。
ハリコフ機関車工場は10月29日に疎開を完了。12月8日にはウラル戦車工場製のT-34が25輌完成。

T-34 1941・42年型スターリングラード工場製
→新型の操縦主用ハッチ、組継ぎになった車体正面と側面の装甲板、正面が斜めに切り立った主砲駐退器カバー、えぐれたような砲塔正面下部、平面の砲塔後面装甲板を特徴とする。**

T-34 1941年戦時簡易型
→かつては1942年型と分類・呼称されていた型式。
 砲塔天面のハッチは大型一枚。
 車体前面の操縦手用ハッチと牽引用フックが単純化、車体前方機銃には小防盾が追加。
 エンジンデッキと側面のグリルは格子状に変更。
 エンジンとトランスミッションが簡略化、主砲も部品点数が減らされ簡略化。
 履帯ピンの打ち返し板が起動輪直前、車体側面に追加。
 一部の車両は幅広550mm履帯を着用。多くの車両は500mm履帯を着用。

T-34 1941年戦時簡易型 ガソリンエンジン搭載型
→V-2ディーゼルエンジンの供給不足により、M-17 T-34ガソリンエンジンを搭載した車輛。
 クラスナエ・ソルモヴォ工場で638輌が生産され、ハリコフ機関車工場でも極少数が生産された。
 車外増加燃料タンクの装備は禁止であったが、その通達を無視し装着している車輛もあった。

T-34 1942年型
→かつては1943年型の前期型=キューポラなしのタイプと分類・呼称されていた形式。
 砲塔天面のハッチは丸型がふたつとなる。俗称ミッキーマウス。
 

T-34 チェリャビンスク砲塔
→砲塔の上面板と側面が一体鋳造された砲塔。
 チャリャビンスク・トラクター工場(ChTZ)で生産された砲塔であるという定説からチェリャビンスク砲塔と呼称されているが、
 Steven Zalogaはウラル重機械製作工場(UZTM)で生産されたと主張。
 

1942年秋、車体後部装甲板の左右に角ばった40リットルの増加燃料タンクが装備される。***
1943年型 車体後部装甲版左右に円筒形の増加燃料タンクが装備される。****

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(註)
*スティーヴ・ザロガ、ピーター・サースン、高田裕久訳『T-34/76中戦車』(大日本絵画, 2001)P.33 高田裕久氏による訳注

**スティーヴ・ザロガ、ピーター・サースン、高田裕久訳『T-34/76中戦車』(大日本絵画, 2001)P.18

***スティーヴ・ザロガ、ピーター・サースン、高田裕久訳『T-34/76中戦車』(大日本絵画, 2001)P.22

****スティーヴ・ザロガ、ピーター・サースン、高田裕久訳『T-34/76中戦車』(大日本絵画, 2001)P.38
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(2)模型

Tamiya T-34s' Wheels

T-34系列のホイールスプルーはC。
成形色は「黒みがかった緑」、「やや明るくなった緑」、「2003年リリースのスポット再販キットのグレー」がある。

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↑Tamiya 35049=35138=35149-C

Tamiyaの1/35MMシリーズの、
T-34/76("1942年型")
T-34/76チェリヤビンスク
T-34/85
には、ゴムふち転輪が与えられている。

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↑Tamiya 35059-C

Tamiyaの1/35MMシリーズの、
T-34/76("1943年型")
には、ゴムふち無しの鋼製転輪が与えられている。

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Tamiya 35049=35059-E Accessories

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↑Tamiya T-34/76 "1942年型"と"1943年型"に付属しているアクセサリーパーツのEには、ゴムフチなし鋼製転輪が含まれている。
 ただし、Tamiya 35059-Cのゴムフチなし鋼製転輪とは、極々若干形状が異なっている。
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Tamiya 35049=35138=35149-C Sprocket Wheel

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Tamiya 35059-C Sprocket Wheels

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Tamiya 35049=35138=35149-C Idler Wheel

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Tamiya 35059-C Idler Wheel

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Tamiya 35049=35138=35149-C Road Wheel

T-34/76 "1942年型"、"チェリヤビンスク"、T-34/85の3キットに付属しているロードホイール

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Tamiya 35059-C Road Wheel

T-34/76 "1943年型"に付属するロードホイール

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Tamiya 35049=35059-E Road Wheel

T-34/76 "1942年型"と"1943年型"のアクセサリーパーツとして付属しているEスプルーのロードホイール
このロードホイールは、"1943年型"のCスプルーのロードホイールとは極々若干形状が異なる。
貫通孔周辺の盛り上がり形状の角が、Eスプルーの方がより丸みが強い。

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by tokyomonogatari | 2012-02-20 17:53 | ソヴィエト軍史料メモ | Comments(0)

1/35 ソヴィエト兵アクセサリー記事索引

1/35 ソヴィエト軍M36ヘルメット比較
http://tokyostory.exblog.jp/15360241/

Ultracast AC-35005 [ソヴィエト兵ヘルメット(内装モールド付き)]
http://tokyostory.exblog.jp/8331739/

1/35 Mossin Nagant M1891/30
http://tokyostory.exblog.jp/6520729/

1/35 PPSh41
http://tokyostory.exblog.jp/6016818/

1/35 Maxim Machine Gun
http://tokyostory.exblog.jp/8085929/

1/35 中国義勇兵 防寒帽
http://tokyostory.exblog.jp/4510777/
by tokyomonogatari | 2011-10-21 17:29 | ソヴィエト軍史料メモ | Comments(0)

M36 helmets × Alpine Miniatures 35013

ソヴィエト兵記章類のデカールが含まれ、期待膨らむTamiya 35311。
先日実物をぐるりと拝見し、中でも走っている彼の出来栄えは、「インジェクション突撃ポオズ兵士フィギュア史」において、
抜きんでてベストの位置を占めるのではないかとお見受けいたしました。明らかに買いだと思います。

彼らをアイテム名に付された(1941-42)から遡らせて、
1939年のノモンハン、或いは1938年の張鼓峰に立たせるならば、
ヘルメットを36年式に差し替えなければならないのですけれど、
今一番アヴェイラビリティが高いであろう、Master Box 3563のヘルメットがフィットするか否か、が目下の関心事。

Tamiya 35311に含まれる、既出のソヴィエト兵Yランナーのヘルメットのサイズからすれば、Master Box 3563はやや大きめになるやもしれず、
とはいえ、Hornet HRH-03では小さくて、悶える事になるかもしれぬ、と私は見ております。
ベストな処方箋は、結局ソヴィエト兵Yランナーのヘルメットからの改造、ということになりそうな気が致します。

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↑左から、
Hornet HRH-03、Master Box 3563、Itareli=Zvezda 348(顎紐なし、顎紐あり)
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by tokyomonogatari | 2010-10-27 20:27 | ソヴィエト軍史料メモ | Comments(0)

Ultracast AC-35005 [ソヴィエト兵ヘルメット(内装モールド付き)]

Ultracast, AC-35005, Russian Helmets WWⅡ (with liners)

カナダの模型メーカー、Ultracast社の商品のフィギュアには、そのヘッドがTamiya社の物に酷似しているものがしばしば見受けられますが、
こちらのソヴィエト軍1940年型ヘルメットは、Tamiya社のソヴィエト軍装備品スプルーYのものに形状が良く似ています。

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↑左がTamiya、右がULTRACAST。
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↑Tamiya
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↑ULTRACAST
by tokyomonogatari | 2008-02-27 22:14 | ソヴィエト軍史料メモ | Comments(1)

1/35 Maxim Machine Gun

Zvezda社のマキシムと、最近出たDragon社"Gen.2 standard"のマキシムをそれぞれ記録。

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↑Zvezda "Maxim"(3584)
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↑Dragon "Maxim"(6407)
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↑キットの説明書によると、上が1910/1930年型、下が1941年型。
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Dragon 6407-Gen.2 Maxim

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by tokyomonogatari | 2008-01-27 08:07 | ソヴィエト軍史料メモ | Comments(0)